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※表示の価格は全て税込です。
No. 銘文 写真 解説 価格

扇型鐔掛
鐔を飾るのに便利な扇型鐔掛です。
ご注文の際ご希望の商品(A〜E)をご指定下さいませ。
各4,500円

兜掛
A.(約)幅21.2×奥行21.3×高さ31.5cm
B.(約)幅24.3×奥行24.3×高さ38.4cm
C.(約)幅24.5×奥行24.5×高さ42cm
木製の兜掛です。各5,000円(税込)。ご注文の際はA〜Cから御指定下さい。
各5,000円

十手
十手の総長41cm 鉄心棒の長さ29cm
銭形平次が持っていた同じ形の本十手は古来有名な実用的な十手として伝わっております。鉄芯は丸に鍛えられ如何にも実用的な十手です。柄はそのまま鉄のままにされています。頭の金具が壊れていますが時代のご愛嬌です。大川橋蔵の当たり役銭形平次捕り物帳に使われた十手がこの形式の十手です。銭を悪党に投げつけてこの十手で成敗する光景が目に見えるようです。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安でご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
26,000円

後藤家押型
金工の名門、後藤家に伝わる目貫や頭、小柄等製作の際に使用する押型。当時の刀装具製作を考察する上で極めて貴重な資料と言えるでしょう。 37,800円

兜割
全長45cm 芯棒の長さ31cm
兜割は南北朝時代より大いに造られたとの記事が有りますが、確実に現存する物はなく、多くは後世に造られた物が殆どです。兜割の実用性は兜の上から叩き相手を昏倒させるのが本旨でどこまでの威力が有ったのかは 不明です。本兜は外観からは短刀拵えに誂えられ外からは兜割とは判りません、どのような方が使用していたか謎です。隠し武器のお好きな方に是非お勧めです、今回世の中に初めて生で出た為に特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さい。
38,000円

螺鈿太刀掛
(約)幅19.5×奥行26×高さ66cm
幕末に製作された美しい螺鈿の太刀掛です。
45,000円

鉄扇
全長約32cm、重さ434gr
親骨が鉄製の開閉可能な鉄扇です。刀を持ち込めない場所での護身用として使われておりました。 経年により痛みはございますが、貴重な一品です。
45,000円

布巻十手
十手の総長44cm 鉄心棒の長さ28cm
銭形平次が持っていた同じ形の本十手は古来有名な実用的な十手として伝わっております。鉄芯はやや細く丸に鍛えられ如何にも実用的な十手です。柄は布で巻かれ手持ちの良くなるように工夫されています。大川橋蔵の当たり役銭形平次捕り物帳に使われた十手がこの形式の十手です。銭を悪党に投げつけてこの十手で成敗する光景が目に見えるようです。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安でご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
50,000円

火縄銃根付
長さ全長8cm
現在根付は諸外国で愛好家が多く小さな宇宙として驚愕の眼差しで尊敬の念を持って愛好されています。根付の歴史には相当な薬愛用家だった徳川家康が関わっています。自分のみならず、高級武士や公家等にその大切さを説き、太平の世になっても外出時に、切り傷・腹痛・頭痛薬等常備薬を持ち歩くことを直参旗本や外様大名に奨励しました。彼らは常備薬を携帯するに当たって、その入れ物として、印鑑と朱肉を入れた小さな携帯用印籠に目をつけ、これをさらに小型化し、印鑑や朱肉の代わりに薬を入れ、携帯用薬籠とした。 この印籠を武士やその奥方が使用する場合、帯からぶら提げる時に、「留め具」の役目を果たしたのが本「根付」です。今回生で世の中に出た為に幕末期の精巧な火縄銃の根付を特別に格安にて御提供いたします。
売約御礼

鎖鎌
刃部長さ:約18cm、柄長さ:約39.4cm、鎖長さ:約1.5m、分銅直径:約5.2cm
総重量:約1213gr
刃部は錆びておりますが、状態のよいしっかりとした造りの鎖鎌です。
120,000円

隠し武器 万力鎖(紐)
長さ全長約97cm 分銅の長さ6cm 紐の長さ約84cm 重量81gr
分銅鎖又の名は万力鎖と呼び、捕り手の三種の神器の万力鎖、十手、鼻捻の一つとも言い、隠し武器として種々な流派にも伝わっておりますが、本万力鎖は鎖の変わりに紐を使用して、分銅は丸い鉄(球体)を皮で包み分銅とした素晴らしく珍しい万力鎖です。主な流派は荒木流、正木流、戸田流、神道流、疋田流、気楽流、ですが、現在伝わっている流派は、正木流、荒木流、気楽流、戸田流のみとの事です。お教え頂いたところでは、万力鎖の使用法は、敵が切り込んで来たら体さばきでかわし、分銅で小手に打ち込み鎖を返して敵の左側頭部へ打ち込みながら首に巻きつけ敵の背後に素早く回り込み首を絞め引き倒して決める首落しの技。等々種々の技が有るそうです。隠し武器としての貴重な皮包み分銅鎖(紐)をお楽しみ下さい。この度世の中に初めてコレクターの方より出ましたので特別に格安にてご提供いたします。
120,000円

献上鮫
江戸期の大名が将軍家へ献上する鮫皮は長崎に輸入されると、一番初めに将軍家御用を取った後、競売に付せられました。それを鮫屋が買い取り、極上品は原形のまま洗い上げて、2尺ほどの中高の板に巻きつけ、それに錦や金襴などで飾りつけたものです。いちめい、飾り鮫ともいい、大名間の贈答品にも用いられました。幕末に江戸人形町にあった茗荷屋治兵衛という鮫屋には高砂と異名のついた献上鮫があり金千両の正札付でした。今の貨幣価値にすると1億2千万円です。献上鮫は当時から相当高価なものでした。本献上鮫は今回世の中に初めて生で出た為に特別に格安にて御提供いたします。現在余り見ることが出来ない献上鮫を是非お楽しみ下しませ。 130,000円

鎖帷子(くさりかたびら)
有名な鎖帷子です。かの有名な赤穂浪士が吉良邸に討ち入った時に着物の下に着ていた事や、幕末の新撰組が着物の下に着て市中取り締りをしていた事でも良く知られています。鎖帷子の性能は大変良く刀で切られた時は、刀の刃を通さず、非常に防御能力が高く、致命傷を受ける事を防ぐのには充分であったものと思われます。但し槍とか鉄砲の様な真直ぐの攻撃には、鉄板で作られた鎧の方が防御能力は高いものでした。鎖帷子は着物の下に着る為に相手に判りずらく万一の時の刀に対する防御には大変適したものでした。本鎖帷子は大変状態が良く傷みも少なく本来大名道具として伝わったものとの事です。この様に美しく伝わった鎖帷子は少なく貴重です。今回初めて世に出た為に、格安にてご提供いたします。 150,000円
日向臼杵内藤家伝来刀筒(七万石) 長さ118cm
三河の譜代大名日向臼杵七万石内藤能登守政義家伝来の豪華な刀筒です。刀筒は古来参勤交代等の時に大切に名刀を運ぶ時に使われたり、贈答として刀をお贈りするときに名刀を入れるのに使用したものです。本刀筒は豪華な金梨地塗に内藤家の上り藤の家紋を大小22個も散りばめた豪華な刀筒となっています。現在この高蒔絵の家紋を入れるだけで優に200万円以上かかります。しかしこのような素晴らしい家紋は現在の技術では出来ないものです。少しの修理跡がありますが、この様な豪華な刀筒の類例がなく貴重です、漆工芸の最高の至宝です。印籠から比べると格安ですお楽しみ下さいませ。
263,000円
変り南蛮鉢金(幕末) 幅21.5×奥行18.5×高さ23cm 830g
古来戦場で鎧兜の鎧武者の戦いを想像いたしますが、古い屏風絵を見ますと、面頬だけの武者もおり、街中の警護等には略式の武具も用いられました。本変り南蛮鉢金は南蛮の鎧兜にヒントを得作られたもので、大変異風な手の込んだ鉢金となっています。大変良く鍛えられた鋼を六層の鉢金に鍛えそれぞれを繋ぎ、より強靭な鉢金を作り上げています。幕末の余程の武芸達者の武士の特別注文品です。現存作大変少なく、資料としても又研究品としても大変貴重な変り南蛮鉢金となっております。お楽しみ下さいませ。
263,000円
献上鮫 江戸期の大名が将軍家へ献上する鮫皮は長崎に輸入されると、一番初めに将軍家御用を取った後、競売に付せられました。それを鮫屋が買い取り、極上品は原形のまま洗い上げて、2尺ほどの中高の板に巻きつけ、それに錦や金襴などで飾りつけたものです。いちめい、飾り鮫ともいい、大名間の贈答品にも用いられました。幕末に江戸人形町にあった茗荷屋治兵衛という鮫屋には高砂と異名のついた献上鮫があり金千両の正札付でした。今の貨幣価値にすると1億2千万円です。献上鮫は当時から相当高価なものでした。本献上鮫は今回世の中に初めて生で出た為に特別に格安にて御提供いたします。現在余り見ることが出来ない献上鮫を是非お楽しみ下しませ。 270,000円
火縄銃(中筒) 長さ118.5cm 砲身84.5cm 口径1.35cm
今年の大河ドラマ「麒麟が来る」で明智光秀が鉄砲を探しに堺に行く場面が丁度今やっておりますが、明智光秀がやっと大金で手に入れ肩に背負っているのがまさにこの火縄銃です。鉄砲伝来は室町時代1543年(477年前)種子島に伝わりその後十年目には堺に於いて大量の鉄砲の生産が始まっています。堺が一大工業生産地であったことが良くわかります。京、大阪に近く四国九州への港となり室町期の堺の都市の重要性は現在の大阪や東京とまったく同じ重要性を担っていました。本火縄銃の作者は無銘の為に不明ですが堺の鉄砲鍛冶に習って作られた火縄銃と思われます。本火縄銃は口径1.35cmの口径の太い中筒の火縄銃です。装飾は真鍮象嵌で木瓜に剣片喰の家紋の象嵌が貴重でいわゆる侍鉄砲です。くりからも修理されビセンも抜け流行りの鉄砲隊にも使用できます。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供いたします。火縄銃をお安く持ちたい人には今回は絶好の機会です。是非お楽しみ下さいませ。
290,000円
馬上筒(短筒火縄銃) 銃身の長さ20.2cm 全長41.0cm 口径1.3cm
本馬上筒と言われる寸の短い火縄銃は本来大名の大名飾りとして作られたものです。本火縄銃は射撃が出来やすいように台座を水平になるように作られた特殊な形をした特別誂えの馬上筒です。室町時代種子島に鉄砲が伝来(1453年)(569 年前)してから日本の戦国時代は鉄砲の時代となりました、いち早く取り入れたのが有名な織田信長で天下統一の元を築きあげました。本火縄銃は銃台が水平上となるように工夫して製作された特別誂え品の短銃です。本短筒は貴重で世界で唯一の馬上筒です。この度古い御数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします。この様な短銃は製作のアイデアが難しいために制作数無く世界で唯一で大変貴重です。コレクションとして是非お楽しみ下さいませ。
売約御礼
馬上筒(短筒火縄銃) 銃身の長さ21.3cm 全長34.1cm 口径1.15cm
本馬上筒と言われる寸の短い火縄銃は本来大名の大名飾りとして作られたものです。本二重となった銃身は銃身の強度を高めるために作られた大変難しい製法で唯一の馬上筒です。室町時代種子島に鉄砲が伝来(1453年)(569 年前)してから日本の戦国時代は鉄砲の時代となりました、いち早く取り入れたのが有名な織田信長で天下統一の元を築きあげました。本火縄銃は二重筒となった特別誂え品の短銃で銃身が二重となった本短筒は貴重で世界で唯一の馬上筒です。この度古い御数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします。この様な短銃は製作が大変難しいために制作数無く世界で唯一で大変貴重です。コレクションとして是非お楽しみ下さいませ。
360,000円
大徳川家伝来刀筒 長さ123cm
葵紋の付いた印籠の前では皆ひれ伏したのはドラマ水戸黄門で良く知られているように、江戸時代は徳川家か徳川家に縁ある人しか使えなかった素晴らしい葵紋の付いた徳川家伝来の豪華な刀筒です。刀筒は古来参勤交代等の時に大切に名刀を運ぶ時に使われたり、贈答として刀をお贈りするときに名刀を入れるのに使用したものです。本刀筒は豪華な黒呂塗に徳川家の5個の葵紋と天皇家を示す6個の桐紋の家紋を散りばめた豪華な刀筒となっています。桐紋が付いているところから考えて古来天皇より臣下に桐紋の使用を許した故事より、本刀筒は天皇家から徳川家に下賜された刀筒かもしれません。現在この高蒔絵の家紋を入れるだけで優に250万円以上かかります。しかしこのような素晴らしい家紋は現在の技術では出来ないものです。この様な豪華な刀筒の類例がなく貴重です、当時もどれだけの職方が時間と技術を注いだかを考えるだけで頭が下がります。漆工芸の最高の至宝です。徳川家伝来の刀筒を特別に格安にて御提供いたします。
360,000円
高蒔絵 鶏図 五本刀掛(塗師惣哲 蒔絵師梶川) 鶏図が見事な高蒔絵の五本刀掛。塗師は惣哲、蒔絵師は梶川です。美しい蒔絵を全面に配置し、この上なく贅沢な品に仕上がっています。 1,200,000円
管打ち式銃砲 ペッパーボックス型六連発銃 ロウチェスター(フィールド) 長さ19.0cm
回転しつつ弾丸を撃ち出す形態がスパイス・ミルの「コショウ挽き」に似ていることからペッパーボックスの名称が付いています。西部開拓時代初期のアメリカで流行した拳銃の一種です。一般的には、薬室と一体化した銃身を複数本束ねたものを回転させることで、装填動作を省略し連射を可能とした銃器のことをいます。本拳銃は有名な方のコレクションでしたがお買い上げいただけたお客様にはお教えいたします。
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楠木正成公軍配(楠木正虎の書付) 楠木正虎書付の意訳(この軍配は祖先楠木正成公の所持の物です、この軍配をもって正成公は数々の天下の大軍を打ち破り、正成公は永久に天皇に仕え、天皇を守り二心の無い武士の鏡です。子孫皆この軍配のもと、天皇を尊敬し、天皇に奉仕することを誓いこの軍配を永久に楠木家の正統に伝えるものとします。)楠木正虎花押

長さ45.5cm 重量148gr
本軍配は鎌倉末期に鎌倉幕府を倒し天皇親政に戻すために戦った後醍醐天皇の為に戦い日本人の一番好きな武将楠木正成公が使った軍配です。室町時代は足利家に敵対し破れた楠木正成は賊軍とされ今では考えられない位楠木家は世の中から敵視されていました。本書付の子孫の室町末期の楠木正虎は世尊寺流の書家として将軍足利義輝や現在大河ドラマで有名な松永久秀の家臣となり又織田信長、豊臣秀吉にも使え、知己を得た正親町天皇より楠木正成が天皇への忠臣であり逆賊でないとの汚名をあっぱれ晴らした子孫です。南朝の忠臣楠木正成(くすのき まさしげ)公は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての有名な武将です。鎌倉時代元弘の乱(1331年 - 1333年)(689年前)で後醍醐天皇を奉じ、大塔宮護良親王と連携して、太平記によりますと楠木正成公は鎌倉幕府軍将兵200万人との千早赤坂城の戦いで幕軍を千早城に引きつけて勝利し、幕府軍であった足利尊氏が反旗を翻し幕府軍の京六波羅探題を滅ぼし、同じく幕府軍の新田義貞が鎌倉に攻め入り鎌倉幕府を滅ぼすことになりました。日本全国で反乱を誘発させ鎌倉幕府打倒に大いに貢献しました。また、後醍醐天皇の建武の新政下で、最高政務機関である記録所の寄人に任じられ、足利尊氏らとともに天皇を助けましたが、延元の乱での尊氏反抗後は、新田義貞、北畠顕家とともに南朝側の軍の一翼を担いましたが、湊川の戦いで足利尊氏の軍に敗れて残念ながら自害しました。神戸の湊川神社は楠木正成公をまつった神社として有名です。本軍配は表に太陽に住む八咫烏(やたがらす)と月に住む兎(月の神)が描かれ、裏は十一星(太陽、月、彗星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、)を描いています。八咫烏は日本を統一した神武天皇を、大和の橿原まで先導したという神武東征の故事に習い、導きの神として篤い信仰があります。八咫烏の「八咫」とは大きく広いという意味です。八咫烏は太陽の化身で三本の足があります。この三本の足はそれぞれ天・地・人をあらわす、といわれています。天とは天神地祇、すなわち神様のことです。地とは大地のことで我々の住む自然環境を指します。楠木正成家の正統が代々受け継いできた軍配が図らずも世に伝承されてきました。神戸湊川神社にご奉仕されておられる楠木家子孫の方々が本軍配を湊川神社にご奉納されるかもしれませんね。この度尊くも世の中に初めて出ましたので後世の宝とし大切にしていきたいと思います。
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