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日本刀販売・ご案内(明倫産業TOP)日本刀(名刀)刀剣

日本刀鑑定証については
日本美術刀剣保存協会 特重(特別重要刀剣)、重(重要刀剣)、特(特別保存刀剣)、保(保存刀剣)、
甲(甲種特別貴重刀剣)、丸(特別貴重刀剣)、貴(貴重刀剣
その他の鑑定 会(日本刀剣保存会)、藤(藤代松雄)、柴(柴田光男)、店(当店の保証)
質については ☆(特優品)、◎(優品)、○(標準品)、△(やや程度不良品)、希(希望銘)


※表示の価格は全て税込です。
No. 種別 銘文 時代 長さ(cm) 反り 元重 解説 証書 付属 価格
短刀
貞包(月山貞勝門)(綾杉肌)
現代 21.3 0 0.52 昭和十三年秋
井上貞包、明治26年生まれ。福知山市。人間国宝月山貞一刀匠とは年齢的に兄弟子となる、貞包刀匠です。現存刀大変少なく貴重な短刀です。本短刀は地金小板目肌よく詰み、刃ぶちに金筋状な鍛肌が綾杉肌として現れ、刃紋はのたれ乱れ刃を焼き刃中明るく良く出来ています。当時の短刀拵えが本短刀に一層華を添えています。
白鞘
拵え
33万円

服部正廣(海軍軍刀拵付)
現代 63 1.2 0.78 服部正廣刀匠も昭和時代の刀工で、戦後は日本刀鍛錬に関わらなかった刀匠でしょう。戦後の作品が残っておりませんが、本刀は小板目肌良く詰み、刃紋は孫六兼元の三本杉を上手に焼き、孫六兼元写の刀を見事に鍛え上げています。現在海軍刀は殆ど軍艦と共に海底に沈んだために現存数少なく又鮫鞘の本刀は特に少なく大変貴重な刀です命を懸けてお国に尽くした海軍軍人の魂の刀を大切にいたしましょう。 拵え 34.7万円

伊賀守金道(初代)
江戸
初期
33 0 1.07 長さ1尺9分
刀剣界で素晴らしく有名な名門山城伊賀守金道家初代です、関兼道の長男。文禄2年(1593年)二条関白下向の時父兼道と共に兄弟4人がお供にて上京。文禄三年伊賀守を受領して禁裏御用を承ります。関ヶ原合戦の直前、徳川家康より太刀千腰の注文を受けた際、在京の鍛冶を金道の支配下に入れる事を条件に注文を引き受け、戦後家康の取次にて日本鍛冶惣匠の勅許を受けました。本槍は家康の注文品の1本でしょうか、実戦用の槍の姿で、地金は板目が流れて柾が交じり、刃紋は槍の為に、互の目乱れ刃が焼かれていますが直調となり、突くには折れにくい焼き入れなのでしょう、初代金道の槍はどうしたわけか大変少なく貴重な槍です。慶長新刀の槍をお楽しみ下さいませ。
白鞘
36万円
脇差
加州住清光 元和三年八月日
江戸
初期
43.3 1 0.64 長さ1尺4寸3分
本刀は元和三年(1617年)(397年前)の貴重な年号の有る六代目あたりの加州清光でしょうか。陸軍大将東条英機閣下の軍刀として加州清光は有名です。本刀は反りがやや深く地金は板目に柾が交じり表に棒樋、裏に棒樋と二筋樋を彫り、地色がやや黒ずみ、刃紋はのたれ刃に互の目乱れを交え食い違い刃も有り変化の有る刃を焼き、刃中明るく華やかな刃を焼いています。昔から加州清光は良く斬れることで有名で業物に数えられております。幕末の拵えも一層本脇差に華を添えています。今回お持ち主様の御好意で破格の価格でお譲り申し上げます。
白鞘
拵え
36万円

長村兼清作
現代
69.1 1.7 0.8 長村兼清刀匠は昭和の刀工で、戦後復活しなかったために、戦後の刀の製作が有りません。本刀は長村兼清刀匠の大変記念すべき刀と思われます。地金は小板目肌良く詰み、無地風となり、刃紋は互の目乱れ刃を焼き、頭がくびれた独特の長村兼清刀匠の考案した矢筈乱れ刃を、大胆に焼き上げ大変覇気有る刃として見事に仕上げています。長村兼清刀匠の独創的な刃紋にただただ頭の下がる思いが致します。戦後復活しておれば素晴らしい名工として名が後世に残ったものと思われます。兼清刀匠の代表作品をお楽しみ下さいませ。 拵え 36.8万円
脇差
伊予大掾橘勝国 三代目勝国改之(加賀陀羅尼勝国)(新刀大鑑所載)大業物
江戸
初期
45.9 0.7 0.56 初代陀羅尼勝家、二代家重。3代目初銘家重、改めて勝国と称す。寛文元年(1661年)前田家の斡旋で四辻大納言吉家の取次で伊予大掾を受領。代々藤原氏を名乗っていたのを橘氏に改め家重から勝国と改名しました。来国吉十七代の孫と称し、陀羅尼派の鍛冶の内では飛びぬけて上手です。新刀大鑑には本脇差が3代目と解釈していますが、それは間違いで本脇差は3代目家重が勝国に改めました、と証明する大変重要な脇差です。地金は小板目肌良く詰み、刃紋は元を直刃で焼き、先を孫六兼元の三本杉を焼き、手癖である、三本杉の谷に沸が良くついています。大変少なく貴重な銘を家重から勝国に改名したと証明する貴重な名脇差をお楽しみ下さい。 白鞘 36.8万円
短刀
宗以下切れ(変わり短刀)
室町
末期
17.1 内反り 0.53 本短刀の姿は世の中に一本しかない大変変わった短刀です。皆様はこの様な短刀をご覧になったことが有りますでしょうか。何造と言えばよいのか今後の研究に大変楽しみなものです。地金は小板目肌が大変よく詰んだ地金を鍛え、刃紋はのたれ乱れ刃を素晴らしく覇気有る刃を焼き、刃中大変明るく食い違い刃が有るところを見れば大和伝で鍛えられた短刀です。世界に一本だけの変わり短刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 36.8万円
短刀
越前国兼法
江戸
初期
29.4 0 0.57 慶長新刀
江州下坂より越前に移住、肥後大掾を受領、本短刀は慶長時代(1600年)に流行った平造の短刀で地金小板目肌に柾肌交じり小にえ出来で浅くのたれて小互の目足が入り刃中働きが豊富に働く帽子直ぐに小丸にかえる。彫も大変上手な彫で、本短刀を一層華やかにしています。慶長新刀は皆名刀揃い、現存作も少なく是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 36.8万円
脇差
美作国津山住兼先 宝永二年八月吉日
江戸
中期
54.6 0.4 0.68 兼先は本国美濃善定兼吉から発し、天正頃備前美作に移住、本兼先は三代目兼先長田半助です。業物として有名な刀です。本脇差は姿が反りの少ない鵜の首造の特殊な形をした脇差で、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目乱れ刃を焼き上手です。裏に年号が宝永二年八月吉日(1705年)(309年前)と切っているのが、姿と共に特別注文品であると判ります。拵えは洋装の為に幕末に流行ったズボン差しに適した特注品の突兵金具の付いた突兵拵えが貴重でありまた本脇差に一段と華を添えています。お楽しみ下さいませ。 拵え 37.8万円

伝美濃千手院
室町
中期
69.8 2.2 0.69 美濃千手院とは、鎌倉初期の大和千手院重弘の子泉永が美濃赤坂に移住した事に始まる。大和千手院は東大寺に属し、美濃赤坂大井荘は東大寺領の為に、良質な鉄の産地でもあり、移住がし易かったものでしょう。本刀は大すりあげ無銘で美濃千手院長享(1487年)(527年前)頃の刀です。本刀は地金板目肌に柾肌交じり乱れ映りを現し、刃紋は直調にのたれ乱れ刃に互の目に沸が絡み大変変化有る刃を焼き大変良く出来た刀です。歴史溢れる名刀です。是非大切にしてやって下さいませ。 白鞘 37.8万円
脇差
康国(小田原相州)(大業物)
室町
末期
34.1 0.4 0.61 康国は島田義助の門人で相州綱廣の門人の綱家とは兄弟です。享禄(1528年)頃(486年前)の刀工です。島田より北条氏の居城小田原に移住して北条氏康より康の字を賜って康国と銘を切った誉れの刀工です。本脇差は平造で身幅の広い大変良い姿を現し、地金は板目肌を大変覇気有る地金に鍛え、刃紋はのたれ乱れ刃ちじに乱れ沸を強く付け金筋を交え相州伝を見事に現しています。康国の在銘作非常に少なく、本脇差は康国研究には欠かせない貴重な名脇差です。小田原相州康国の脇差をお楽しみ下さいませ。 白鞘 37.8万円
脇差
日本鍛冶宗匠伊賀守藤原金道(七代目)
江戸
末期
47.1 1 0.64 (菊紋)雷除 文化元年二月吉日(1804年)
金道家は江戸時代、刀工が官職名を貰う時は全て金道家の弟子となり、朝廷に金道家から上奏しなければ官職が貰えないと言う、特別な権限を朝廷より授けられた名門中の名門刀匠です。本脇差の作者は七代目の嫡系の金道の貴重な作品です。鎬造の姿に地金は小板目肌が素晴らしく良く詰み、刃紋はのたれ刃に互の目が交じり、拵えも当時の拵えが一層本脇差に華を添えています。一度は持ちたい伊賀守金道です。名門金道七代目の脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
37.8万円
脇差
河内守国助(軍刀拵付)
江戸
初期
58.6 2 0.78 長さ1尺9寸3分
初代国助の子中河内と呼ばれ大坂新刀の助廣や真改とともに素晴らしく有名な名工です。又その華麗な刃紋から新刀一文字と呼ばれています.本脇差は地金小板目肌良く詰み所々鍛え肌現れ、素晴らしく良く出来ています。刃紋は匂い出来の互の目乱れ刃を素晴らしく良く焼き刃中に見事な働きを現しています。本脇差は先の大戦で日本を命を懸けて守らんと家伝の名刀を軍刀拵えに仕立てたものです。日本の為に命を懸けた河内守国助の名脇差を後世に大切に伝えて下さい。
拵え 38万円


伝景光(加賀) 青雲

室町
末期
61 2.5 0.67 長さ2尺1分
初代は康暦1379年南北朝頃より始まり 本刀は永正1504年頃の業物として有名な景光です。地金は板目が良く詰み柾目肌が現れ、小さな飛び焼きを焼き、刃紋は小さな互の目刃が揃い、沸が良く付き素晴らしい覇気の有る刀です。中心に持ち主の心意気である立身出世を望む青雲の文字が隷書風に彫られ、又本刀の拵えも幕末ズボン差にするために、木の目模様の変り塗り鞘に冠を取付け、幕末風雲急な時代を告げています。古来加州景光は業物として有名ですが、現存品が極端に少なく本刀は貴重な刀です。
拵え 38.8万円

(葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前(康継 三代)
江戸
初期
65.2 0.4 0.65 長さ 2尺1寸5分
康継は家康の三男結城秀康に越前にて抱えられ、慶長十年江戸に召され家康、秀忠両将軍の前で鍛刀し、激賞され褒美として葵紋と康の一字を賜り康継と改めました。徳川将軍家お抱え刀匠越前康継は江戸時代の最上作の名刀です。本刀は寛文頃の3代目康継の作とみられています。元々は2尺5寸もあった長大な長さの刀を今は3寸程すり上げていますが、姿は寛文新刀姿の虎鉄と同じ時代の反りの少ない姿で、鍛えは板目に杢が交じって美しい地金を鍛え、刃文はのたれ乱れ刃に互の目を交え、匂い深く元から先まで見事に焼かれ素晴らしい覇気有る刃を焼いています。江戸時代は葵紋は誰彼とも入れる事出来ず、本刀は将軍家と繋がる武家の特別注文品です。今回初めて世に出たために、康継を持ちたいと言う人に格安でご提供です。お楽しみ下さいませ。 (刀連正真鑑定書付)
白鞘 39万円


伝宇多

室町
末期
72 1.8 0.62 永禄頃(1558年頃)越中の宇多の刀です。姿は長寸で元は2尺5寸以上あった刀です、現在も堂々とした姿を現し、馬上の侍大将以上の注文の刀です。地金は板目肌に柾目肌交じり、地に白気映りが現われ、地金、所どころ荒くなり刃紋は直刃調のたれ刃、打ちの気が刃縁に掛かり、ちじに乱れています。この様な刀は大変物切れする刀で、古来戦場で大いに活躍したものと思われます。北国の刀は寒さのために折れる事に一番気をつかい製作され、非常に粘り気ある地金を作り出しており。戦国時代越後上杉謙信が大変重宝した宇多の名刀を大いにお楽しみくださいませ。 白鞘 39.8万円
短刀


月山(綾杉肌)(永正頃)

室町
末期
27.6 0 0.62 日本刀の草早期から始まる刀の1本として奥州月山は余りにも有名です。本短刀は時代は永正頃(1500年頃)出羽(山形県)の月山を中心として月山鍛冶が隆盛の極みを謳歌していた時の貴重な短刀です。時代がかわり、時代とともに、本州の刀に押され消耗も加わり極めて少なくなってまいりました。本短刀は典型的な月山独特の綾杉肌を現しすこぶる優品で貴重な短刀です。幕末奥州月山の末裔が水心子正秀の弟子となり大阪月山の元を作った月山貞吉、月山貞一、月山貞勝、月山貞一、月山貞利、月山貞伸六代の基となる貴重な短刀を是非お楽しみください。 白鞘 39.8万円
脇差


肥前国藤原廣次

江戸
初期
50 1.3 0.73 本名中村徳右衛門、寛文頃(1661年頃)名工肥前国河内大掾正廣及び相州綱廣に学ぶという異色の刀工です。慶安から万治頃までは相州で打っています。本脇差は肥前平戸に帰ってからの作です。姿は反りの有る堂々とした姿で、地金は小板目肌良く詰み素晴らしく潤いのある地金を鍛え、刃紋は大互の目刃乱れの頭の上に互の目に覇気有る大きな変化を与えた刃を焼き、新刀相州伝の刃紋を見事に現し良く出来ています。拵えも当時の高級武士の正式な拵えが本脇差に一層価値を上げ華やかに飾っています。異色の刀工肥前国廣次の作品大変少なく貴重な脇差となっています。お楽しみ下さいませ。 拵え 売約御礼


左信秀(源清麿写)

現代
74.3 1.9 0.76 豊州住信秀、豊州住左福智信秀、本名田口政春、福岡県田川郡赤池町住。新作名刀展入選多数。本刀元身幅広く切っ先の延びた源清麿写の豪壮な姿を現し、地金は小板目肌に鍛え、刃紋は互の目刃に砂流しを交え大変覇気有る、働きの非常に多い刃を焼いています。鎬地に一か所錆の後の朽ち込みと刃に一か所刃こぼれが有りますが研ぎが良いので気になるようなものではありません。左信秀刀匠の数の少ない貴重な清麿写しの名刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 39.8万円


行光(加賀)(業物)(古刀)

室町
中期
65.1 1.7 0.77 行光は本来相州正宗の父として有名ですが、本刀は典型的な片削風の入山形の中心の形から加州行光と極められた文明(1469年)頃の刀です。先祖は藤島友重の次男が藤島行光で真景の門人になり、行光が代々続いています。本刀は業物で名高い4代目の行光でしょう。姿反り深く太刀姿美しく、地金は板目に柾が交じり、地沸が付き刃紋は匂い出来ののたれ乱れ刃に互の目に足が良く入り、良く出来ています。業物の加州行光の刀をお楽しみ下さい。 白鞘 売約御礼


若州住宗吉 大永二年八月日(軍刀拵)

室町
末期
63.3 1.4 0.7 本刀は大永2年(1522年)若州小浜の宗吉であり師は元々は二代摂州中島来国長の弟子の宗長で若狭小浜に移住したもので、その弟子となりました。作風は藤島鍛冶に似て、本刀も抜き打ちに適した短い寸法で、地金は板目肌に鍛え、柾肌も現れ、刃紋は細直刃乱れ刃を上品に焼きこの様な刃が大変物切れするものです。お国に命を懸けて貢献した昭和初期の軍刀拵えが本刀を一層価値を高めています。お楽しみ下さいませ。 拵え 39.8万円
短刀
芸州呉住源貞幸造(包丁正宗写)(広島県重要無形文化財)
現代 29.5 0.1 0.64 昭和四十三年 二月日
名人月山貞勝の弟子、人間国宝月山貞一と兄弟弟子。名工源貞幸の相州正宗の国宝 庖丁正宗写の名短刀です。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋のたれ刃に金筋、砂流し良く働き、沸素晴らしく良く現し覇気有る刃を焼き。表に棒樋、裏に二筋樋の彫りものを彫り大変成功致しております。包丁正宗の姿大変斬新で鎌倉時代によくぞこのような姿を作り出したものと感心させられます。今から 30年前に国宝の包丁正宗が売りに出た時の価格は当時の金額で2億円だったことが思い出されます。今の金額では10億円は下らないものでしょう。
白鞘 売約御礼
脇差
国益(土佐藩工)
江戸
初期
54.2 0.8 0.63 先般本脇差と同じ国益作谷干城所持の脇差が出ましたが、谷干城は土佐藩出身後陸軍中将、伯爵。坂本竜馬の信奉者。西南の役で西郷軍に熊本城を包囲されて、熊本鎮台司令官として、熊本城を52日間死守し政府軍の勝利に導いた名将として古来有名な将軍であり後政治家でした。大変な愛刀家で後中央刀剣会会長も務めました。本脇差も谷閣下の所持した脇差と同じく国益の名脇差です。国益は生国河内国八尾、大坂二代丹波守吉道の弟子、後上野守吉国の養子となりました。山内家抱鍛冶で本脇差は地金板目肌良く詰み、刃紋は奔放な互の目丁子刃を高らかに焼き上げています。大変貴重な谷干城伯爵の御愛蔵の脇差と同じ国益の脇差をお楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
39.8万円

泉州堺住人池田正久作
現代 62.2 1.2 0.75 昭和十八年十一月吉日
卍正久として余りにも有名。池田亀夫。明治43年生まれ。元陸軍受命刀工。本刀は地金板目肌良く詰み、刃紋は互の目丁子刃を素晴らしく明るく焼き上げ、当時の武士である、軍人の守り刀となるべく、真心を込めて精鍛して立派に鍛え上げています。戦後も大阪の刀匠の代表者として活躍しました。但し現存作非常に少なく本刀は大変貴重な刀です。卍正久刀匠の貴重な刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 39.8万円
脇差
伯耆守藤原信高
江戸
初期
31.3 0.8 0.62 本短刀は寸伸び短刀で、代別は不明ですが初期の伯耆守信高の冠落造の短刀です。初代は本国美濃で天正時代尾張清洲に移住。慶長15年名古屋城が完成すると、名古屋城城下に移住。代々信高を名乗っています。本短刀は姿豪壮で、地金は板目肌に柾目肌を交え、刃紋は互の目尖り刃が素晴しく良く焼けています。拵えも江戸時代の朱塗り変わり拵えが付き本短刀を一層華やかに飾っています。お楽しみくださいませ。 拵え 39.8万円

伝尾崎源五右衛門助隆(大平造)
江戸
末期
71.8 1.8 0.77 尾崎助隆は本国播磨、大阪に出て黒田鷹諶の弟子となり大阪の前期の新々刀を代表する有名な刀工です。本刀は大変変わった特別注文品でしょうか、大平造で三つ棟で、豪壮な姿に濤乱刃を素晴らしく上手に焼き上げています。尾崎助隆の濤乱刃の特徴は波の形が英語のMの形になるのが特徴です。のこのように上手に素晴らしい濤乱刃を焼けるのは尾崎助隆しかないでしょう。本刀は長年蔵の中に保管されていたために、中心が朽ちこんでいますが、極上の研ぎで、只今蘇りました。尾崎助隆の最高傑作品と言える作品をお楽しみ下さいませ。 白鞘

45.2万円


伝相州正廣
室町
初期
67.6 2.6 0.64 長さ2尺2寸3分
本刀はどこから見ても相州伝の刀です。時代的に考えて有名な相州正廣の三代目応永時代(1394年頃)(620年前)の作であろうと思われる刀です。姿は反りが深く、鎬が高く棟の重ねが薄く、地金は板目肌に柾肌が交じり力強い地金を鍛え。刃紋は相州伝そのままの沸が素晴らしく強く焼き幅が広いのたれ乱れ刃がちじに乱れ刃中働き多く、素晴らしく覇気有る刃を焼いています。相州鎌倉鍛冶の現存作はなはだ少なく本刀は大変貴重な刀です。生で出たために少々錆もありますがそれも御愛嬌です。江戸期の拵えも本刀を一層華やかに飾っています。お楽しみ下さいませ。
拵え 45.8万円

武州下原住廣重
江戸初期 64.3 0.7 0.67 本刀は万治頃江戸八王寺に住む初代廣重の長男の子山本半十郎廣重で後、貞亨二年(1685年)水戸光圀の刀を鍛えて、「宗国」の名を与えられる。古来より、下原鍛冶は九州肥後同田貫派の刀や、豊後高田鍛冶の様に、業物の刀を鍛え、戦国武将に実用刀として大変愛用されていました。本刀は反りの少ない寛文新刀姿に地金板目肌強く鍛えられ、澄鉄も現れ、刃紋は小沸出来の直刃を焼いています。お楽しみ下さいませ。 白鞘 47.3万円

平盛定作
室町
末期
70 2.7 0.66 2尺3寸1分
豊州高田住平盛定、永禄(1560年)頃(455年前)織田信長が今川義元を討った桶狭間の戦いの頃の刀です。現在の大分県高田の有名な平高田鍛冶の刀工です。本刀は腰反りの深い、侍大将用騎馬武者の太刀として作られたもので、地金は板目肌力強く鍛えられ元から先まで乱れ映りが現れ、一部時代の景色が有りますが、それも微笑ましく許されます。刃紋は互の目乱れ刃素晴らしく働きの有る刃を焼き見事です。平高田の出来の良い刀は古来備前の刀に紛れると言われ、本刀は正しく備前長船の名刀に紛れる名品です。豊後刀は古来物切れする事で有名で、戦国大名は競って手に入れたものです。貴重な平盛定の名刀をお楽しみ下さい。今回世に初めて生で出たために格安でご提供いたします。
白鞘 48万円
脇差
近江大掾藤原忠廣
江戸
初期
48.3 0.8 0.51 長さ1尺6寸
初代忠吉の子、寛永九年父没後忠廣を襲名してから終生忠廣とのみ銘しています。寛永18年7月22日近江大掾受領。本脇差は腰に差すのには都合の良い上品な姿に造り、地金は小板目肌が良く詰んで地にえが付き、所々時代経過の為の景色が現れていますが、それも御愛嬌です。刃紋は肥前国忠吉家の家伝の直刃をむら無く見事に焼き上げ、新刀期の代表的脇差です。本脇差には吉長彫ではありませんが、後に表に素晴らしい肥前彫の旗鉾と裏に桜に龍を見事に彫り上げられ、本脇差を一段と華やかに飾っています。又江戸期の拵えが一層花を添えています。今回世の中に初めて生で出たために、格安にてご提供いたします。忠廣は初期江戸時代の代表刀工として名声を欲しいままにしております。忠廣の名脇差をお楽しみください。
拵え 売約御礼

則綱作(芸州住源則綱)
江戸
初期
70.3 1.2 0.68 広島、芸州住源則綱、板原善助。本国肥前佐賀寛文頃(1661年)(353年前)の刀工です。本刀は長曽祢興里虎鉄の同じ時代の反りの浅い剣道の突きが流行った時の寛文新刀の姿を現し、如何にも物切れする刀です。地金は板目肌良く詰み明るく、刃紋は匂い出来の互の目を規則的に六個宛てずつつ焼き、初めて拝見する斬新な刃紋を焼き上げて新鮮です。この様に思うように刃紋の焼きを入れるのは現代刀匠に聞いても、大変難しい焼き入れとの事で、これを見ても則綱刀匠の腕の良さが良く判ります。拵えも付いており、お預かり品の為に、御持ち主様の御計らいで今回破格の価格でご提供いたします。お楽しみ下さいませ。 拵え 48.6万円

伝冬廣(古刀)
室町
末期
66.1 1.4 0.66 (昔の極めは備前長船長義)
長さ2尺1寸9分
相州廣次の子で若州小浜に移住、代々冬廣同銘が小浜に続きます。本刀は大永(1521年)(493年前)頃の冬廣です。姿はいかにも切れ味良い鎬の高い、元幅と先幅の差が無い豪壮な姿に、地金は板目肌に冴えた地金を鍛え乱れ映りを鮮やかに現し、刃紋は大のたれ刃に激しく互の目乱れを交え、飛焼きも現し、刃中に沸の葉を現わし、又砂流しが現れ如何にも相州伝を表現し大変覇気有る刃を焼き上げています。昔は地に映りが現れ、乱れた激しい刃紋で備前長船長義の極めであったのでしょう。お楽しみ下さい。
白鞘 48.6万円

祐定(二字銘)
室町
末期
67.7 2.4 0.97 本刀は永禄頃、約453年前織田信長が京に入った時分に作られた、名工備前長船祐定の典型作です。身幅頃合いで重ねやや厚く、姿は中切っ先で腰反りに先反りの付いた姿に、地金板目肌良く詰み、所々に乱れ映りを見事に現し、刃紋は互の目乱れ刃を焼き非常に覇気の有る焼きを入れています。この様な祐定の刀は大変良く斬れた刀で古来有名でした。本刀も名の有る武将の持ち物で有ったと想像されます。戦国時代の花の有る二字銘の備前長船祐定の名刀をお楽しみ下さい。 白鞘 49.8万円

宇多平国(無銘)(寒山先生鞘書為継)
室町
初期
67.6 1.4 0.63 宇多平国は永享1429年頃越中の刀工ですが、佐藤寒山先生の鞘書きは正宗門名工越中郷義弘の子為継となっています。地金は松皮肌に鍛え、刃紋はのたれ乱れ刃に金筋を交え地景が現れ、大変変化有る刃紋を明るく良く焼いています。帽子も乱れ込先掃きかけて大変覇気有る帽子を焼き、本来は佐藤寒山先生の鞘書きの如く、郷義弘の子為継の極めで良いのではないでしょうか。松皮肌を是非お楽しみ下さいませ。 白鞘 49.8万円

濃州秀宗作(正宗写)
現代 66.8 1.9 0.71 平成十年八月日
本名松原龍平昭和5年生まれ。13代川島正秀、中田兼秀門。関住、全日本刀匠会会員新作名刀展にて数々の入選をはたす。本刀は地金を大変難しい板目肌に鍛え覇気有る地金を鍛えています。刃紋はのたれ乱れに互の目を交え、金筋が現れ、相州正宗を狙い、相州伝の二筋樋を見事に切っています。大変覇気有る秀宗の名刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 49.8万円
脇差
兼房(若狭守氏房)(業物)
室町
末期
39.1 0.9 0.81 兼房5代目弘治2年長兄石見守国房より惣領職を譲られ善定嫡家を継ぎ、永禄13年若狭守を受領してほどなく氏房と改めました。本脇差は平造で、棟は真の棟で反りが付き豪壮な姿を現し、地金は板目に柾肌を交え、白気映りを現し、表に護摩箸と梵字、裏にも護摩箸と梵字を見事に彫り上げ、刃紋は兼房乱れと言われ古来有名な匂い出来のタコの頭の様な頭が丸い刃を見事に焼き上げ、兼房の代表的な見事な脇差です。標本的な兼房乱れの刃のもの少なく大変貴重な見事な関の兼房の名脇差をお楽しみ下さいませ。 白鞘 49.8万円

家次作(加州)(業物)
室町
末期
70.1 2.2 0.74 藤島派の刀工で加賀青江の名が付けられています。本刀は弘治頃(1555年)の家次で、丁度上杉謙信と武田信玄が川中島で戦った時、毛利元就が厳島の戦いで勝利して中国地方の太守の足がかりを築いた丁度その頃の刀です。本刀は板目に柾交じりの肌に丁子乱れ刃が激しく暴れ、あたかも一時代前の古調な備前長船の南北朝時代の太刀に見えます。戦国騎馬武者の注文に応えて作った業物の名刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 49.8万円

伝尻懸(大和)(長巻直)
鎌倉
末期
69.7 1.4 0.8 尻懸派は鎌倉時代則長を事実上の祖として大変栄えました。本長巻は鎌倉末期の姿で、本長巻の様にほとんどの長巻は刀に直されています。そして大切にされてきました。長巻直しにの刀に鈍刀無しと古来言われてきたのが本刀です。原型を保っていませんが、素晴らしく貴重な長巻直しの刀です、地金に杢目を交え総体に大肌となりこれは同派の特徴であり刃文は浅いのたれ調で総体にほつれるところは大和ものの最大特徴で連れた互の目を交えるところは尻懸派の特徴を現しています。長巻直しの長い刀は最近ではあまりお目にかかりません貴重な長巻直しの名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 49.8万円

会津住正長造(剣)
江戸
初期
18.4 0 0.77 正長は本国伊予愛媛長国の子、梅忠明寿の弟子となり、寛永四年(1627年)会津に移住。本剣は二代正長、寛文1658年の頃の 正長の貴重な剣です。姿大変優美な剣の姿を現し、鍛えも力強い鍛えをし、刃紋も素晴らしくむらなく焼き上げ素晴らしく上手な剣を作っています。拵えも江戸初期の貴重な拵えが付き、上品な剣となっています。江戸初期の正長の剣をお楽しみ下さいませ。
拵え 49.8万円

日州住和平作(宮崎県)
現代 71.1 1.3 0.69 重量鞘払い1000g、備前長船祐定写、互の目丁子刃素晴らしく良く出来ています。
拵え 57.8万円

越前国住包則(業物)
室町
末期
71.5 1.6 0.77 長さ2尺3寸6分
包則は天正頃(1576年)(438年前)関より越前一乗谷に移住してきた三阿弥派の兼則の子です。本刀の姿は元身幅広く、切っ先がやや延びた豪壮な豪快な姿を現し、地金は北国地金の黒ずんだ地金を板目肌に鍛え、地景を現し、力強い鍛えをした為に地に多少のえくぼが有りますがそれも御愛嬌です。刃紋は沸の強い互の目乱れ刃大変覇気有る刃を焼き業物の風格をただよせています。拵えも江戸期の黒たたき塗り鞘の付いた拵えが一層本刀に華を添えています。今回生で出たために格安にてご提供です。貴重な越前国住包則の名刀をお楽しみ下さい。
拵え 58万円

丹波守吉道(京初代)(伏見丹波)
江戸
初期
71.2 1.8 0.64 長さ2尺3寸5分3厘
慶長時代(江戸初期)
志津三郎兼氏九代の末葉と称する父兼道に伴われ兄弟四人が文禄二年二月、(1592年)(422年前)二条関白のお供をして上京、文禄四年十二月七日丹波守を受領、作刀は短刀、脇差が多いですが刀は少なく本刀は大変貴重な名刀です。姿は身巾尋常で堂々とした体配、地金は板目に柾がまじって地にえがよくついています。刃紋は互の目乱れ刃、匂深く覇気有る刃を焼き良く出来ています。角がかった銘を伏見丹波と称しています。本刀は世の中に初めて出たために、古研ぎの為に格安にてご提供ですお楽しみ下さいませ。
白鞘 58万円
太刀
有俊(大和包永写)
現代 70.3 2 0.71 昭和甲子年八月日 為河内国島津伊佐男
氏 長さ2尺3寸2分
本名江住有俊本年82歳、古来より大和古剣を追及して製作を続けている有名な奈良の刀匠です。全日本刀匠会理事等々の要職に付き本作は56歳の脂の乗り切った時の大和手掻包永写しの代表作品です。本刀は鎬が高い凛とした大和鎌倉時代の姿を現し。地金は小板目肌が良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は直刃を古調に地の方に働きを見せて、大変上品な刃紋となり刃中素晴らしく明るく良く出来ています。有俊刀匠の代表作の名刀です。刀の作品大変少ない有俊刀匠の名品をお楽しみ下さい。
白鞘 59.4万円

□□作(奥州月山)
室町
末期
66.2 2.4 0.54 日本刀の草早期から始まる刀の1本として奥州月山は余りにも有名です。本刀は作の銘だけが鮮明で、後は不鮮明ですが時代は永正頃(1500年頃)出羽(山形県)の月山を中心として月山鍛冶が隆盛の極みを謳歌していた時の貴重な刀です。時代がかわり、時代とともに、本州の刀に押され消耗も加わり極めて少なくなってまいりました。本刀は典型的な月山独特の綾杉肌を現し刃紋は直調で独特なうるんだ刃を焼き、刃中の働きも見事です。すこぶる優品で貴重な刀です。幕末奥州月山の末裔が水心子正秀の弟子となり大阪月山の元を作った月山貞吉、月山貞一、月山貞勝、月山貞一、月山貞利、月山貞竜6代の基となる貴重な刀を是非お楽しみください。
白鞘 59.8万円

因州住天日斉源助寿秀寿合作之(靖国刀匠)
現代 72.8 1.7 0.83 昭和四十五年八月日
天日斉助寿、金崎義一は池田靖光、堀井俊秀門。昭和13年東京靖国神社日本刀鍛錬会入会、昭和18年鳥取にて鍛刀場開設。数々の賞を総なめ受賞。子金崎秀寿昭和19年生まれ。鳥取市、全日本刀匠会会員。努力賞初め入選多数。本刀は鳥取の有名な砂鉄の因賀鉄を自家製鉄して、備前国与三左衛門祐定を写して成功しています。地金は小板目肌よく詰み刃紋は互の目丁子刃、腰の開いた刃、そして蟹の爪の刃を現し末備前を良く現しています。親子合作の素晴らしい名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 59.8万円

駿河守島田住廣助
江戸
初期
68.8 2 0.73 長さ2尺2寸8分
駿河守廣助は天文(1532年)頃の島田義助の弟が廣助が代々島田で刀を作り、本駿河守廣助はその四代目で江戸時代の延宝(1673年)(341年前)頃の名工です。本名村瀬仁左衛門。本刀は元身幅広く先身幅やや細く、切っ先延びて豪壮な姿を現し、地金は板目肌に柾目肌が交じり荒めの鍛え肌が少々出ていますがそれも御愛嬌です。刃紋は匂い本位の互の目乱れ刃がきりりと締った匂口で明るく良く焼かれています。古来この様な刃は素晴らしく良く物切れする物で、本刀も素晴らしい切味であろうと想像できます。江戸中期の質実剛健さを備えた拵えが一層本刀に花を添えています。お楽しみ下さい。
拵え 65万円
短刀
国平作(39歳作) 正宗写
現代 24.6 0 0.67 河内国平刀匠は奈良県重要無形文化財、無鑑査刀匠として余りにも有名な人気第一の名工です。人間国宝、宮入昭平刀匠と人間国宝、隅谷正峰の両方に、学ぶという大変研究熱心な名工です。本短刀は相州正宗を狙った快心作です。姿は鎌倉後期の力強い姿に真の棟、地金は小板目肌がよく詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は相州伝  のたれ乱れ刃を沸深く焼き上げて正宗の短刀に迫り成功しています。お楽しみください。 白鞘 65万円

摂州住康永(多々良長幸の師)
江戸
初期
71 0.3 0.72 長さ2尺3寸4分半
本国紀州大坂に移住して大坂石堂と呼ばれる延宝時代(1673年頃)(341年前)の摂州住康永の名刀です。大坂石堂の祖備中守橘康廣の弟で、後に大阪鍛冶の代表者の一人になる多々良長幸の師匠として余りにも有名です。本刀は反りの少ない寛文新刀の姿を堂々現し、鎬地に棒樋を巧みに彫り、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は大胆なのたれ乱れ刃に丁子刃を焼き、足を入れて豪快に焼き上げ、帽子は虎鉄の様な虎の顎の様な帽子を巧みに焼いて上手です。今回初めて生で出たために格安でご提供いたします。
白鞘 67万円
脇差
河内守藤原国助(初代)
江戸
初期
39.9 0.9
0.88 生まれは三重県伊勢亀山で、山城の堀川国廣の門に入り後、和泉守国貞とともに大坂に移住、大坂新刀の基となる。本刀は小板目良く詰んで細かな地にえがついた大坂地金で刃紋は志津写の互の目丁子刃匂い深く小にえの良く付いた素晴らしく明るい刃を焼いています。2代は中河内、弟子にソボロ助廣がおり、その子供が津田越前守助廣で初代国助が居たから大坂新刀が栄えたものです。但し初代河内守藤原国助の現存作非常に少なく本脇差は貴重な名刀です。 白鞘 68万円

伝直江志津(長巻直造)
南北
62.8 2 0.73 寒山先生の鞘書は志津となっておりますが、特別貴重刀剣の極めは直江志津となっています。昔から長巻直の刀には鈍刀無しと言われ名刀揃いです。本刀も長巻を刀に直したもので、地金は良く練れて細かく、小杢目肌に柾目肌が交じり、湯走が現れ、刃紋は沸本位でのたれ乱れ互の目刃が交じり、沸で崩れ沸の光強く時代が南北朝時代の為、650年以上経過していますので刃が低くなっているところもあり時代の古さを充分に感じさせます。直江志津に極められた長巻直しの刀は大変少なく貴重です。南北朝期の古い名刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 68.3万円

藤田独龍子継平
江戸
中期
70 1.4 0.76 名工近江守継平の4代目藤田与四郎。初代継平は初代越前康継の高弟として名高く本刀は4代目の有名な草書銘です。黄金鍛等の添え銘を切ったものが多く。非常に独創的な刀工でした。本刀は天明5年1785年の作です。小板目肌良く詰み、刃紋は直刃調のたれ刃を焼、拵えは当時のままの大変腕の立つ武芸者の武士の拵えと思われる、大変厚い鉄鍔を付けて、鞘は半太刀金具に革包みの拵えがこの刀に一段と華を添えています。
白鞘
拵え
68.3万円

伝板倉関正利(村正門人)(相撲取り用朱時雨塗太鞘拵付)
室町
末期
54.3 2 0.74 長さ1尺7寸9分
美濃酒倉に住していた正利を坂倉関と称しています。本正利は天文頃(1532年)(482年前)の薙刀直で銘の正の字が千子一派の正に似ているので、本正利を正真の子で村正門人としています。本薙刀直は姿が素晴らしく豪壮で、先が張り、地金は板目に柾が交じり、刃紋は匂出来の互の目乱れ刃を焼き、互の目の頭が尖り、矢筈乱れになる所も有り、砂流しが現れ大変覇気有る豪快な薙刀直です。本刀は相撲の関取の為に作られたものか、拵えも豪快な拵えでこのような豪快な刀が残っている事大変珍しく貴重です。村正門人と言われる伝正利の豪快な一刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 68.8万円

藤原兼房作(岐阜県重要無形文化財)
現代 75.2 1.8 0.76 平成十年十月十日吉日
本刀は南北朝時代の元身幅先身幅がさほど差がない切っ先の延びた豪壮な姿を現し。相州伝を狙い二筋樋を見事に彫り上げています。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は家伝の兼房丁子と言われる頭の丸い互の目刃を素晴しく良く焼き、刃中素晴らしく明るく良く働いています、本刀は兼房刀匠の快心作です。1か所鍛え大肌が有りますがそれも御愛嬌です。兼房24代は代々室町期より続く名門刀工です。24代兼房は名工の誉れ高く薫山賞初め数々の賞を受賞する素晴らしい作品を現代に残しています。岐阜県重要無形文化財に指定。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 69.8万円

則光(備前国長船)
室町
末期
63.3 1.9 0.85 鎌倉時代の備前長船長光の門に則光がいます、その後の寛正頃(1460年頃)の則光は備前刀の中でも代表刀工として有名です。本刀は少し時代が下がる、則光と銘のある永禄頃1560年(454年前)の刀です。時あたかも桶狭間の戦いで織田信長が駿河の太守今川義元を倒し、天下統一の足掛かりを得た時に出来た名刀です。姿は腰反りで棒樋を角留に留め、添樋を彫り、上品な備前刀の姿を現し、地金は板目肌良く詰み潤いのある地金を鍛え、刃紋は備前刀独特の匂い口の柔らかい変化有る互の目丁子刃を焼き、刃中所々に匂の切れた様な葉の働きを現し雅味が有り、覇気有る刃を焼いています。古刀備前名工備前長船則光の名刀を是非お楽しみ下さいませ。 白鞘 69.8万円
脇差
万歳綱俊(長運斎綱俊)
江戸
末期
38.3 0.7 0.64 文政四年十月日 長運斎綱俊は水心子正秀門人で江戸新々刀期の備前伝の天才刀工として余りにも有名です。生まれは米沢、加藤国秀の子。加藤綱英の弟。一門の門弟には固山宗次や甥には幕府お抱え工の石堂運寿是一がいて、一大流派の頭領鍛冶です。江戸麻布上杉屋敷にて刀を作っていました。本脇差は小振りで洗練された姿で、地金は小板目肌に所々大肌が現れ、こまかい地沸が付き、刃紋は小沸出来の大互の目が濤乱風になり荒沸がつき、角ばった刃に丁子が交じり、丸い飛焼が数か所飛び優雅です。銘が誠に縁起が良く立派です。江戸期の脇差拵が本脇差に一層華を添えています。生で出ましたので少々錆が有りますが、長運斎綱俊の歴史的貴重な刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
69.8万円

備前国長船定光 天正二年二月吉日
室町
末期
68.1 1.8 0.71 本刀は大変貴重な備前国長船定光刀匠の天正二年(1574年)(440年前)の作です。時あたかも戦国最大の武将武田信玄が亡くなった次の年の作です。時代は戦国時代、群雄割拠、定光刀匠も戦国大名の特別注文として作った刀でしょう。姿は先反のついた刀姿で、地金は板目肌良く詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は備前伝の匂い出来の互の目丁子刃を品良く明るく焼き上げています。拵えも江戸期の、鞘は黒石目地の鞘が付、鍔は山城国西陣住梅忠在銘の鉄地龍の図の見事な鍔が付いています。縁頭こじりは鉄地の揃い金具が誠に上品です。質実剛健な幕末の武士の腰に差された名品です。お楽しみ下さいませ。 拵え 69.8万円

肥前国吉廣
現代 72 1.5 0.77 辛酉年三月日(昭和57年)
吉廣刀匠は本名福田良一。昭和9年生まれ。佐賀県出身。人間国宝宮入昭平刀匠に入門と伝え、新作名刀展にて入選他多数受賞。日本を代表する名工です。本刀は姿豪壮で、地金板目肌古刀のごとく肌が現れ、良く鍛えられています。刃紋はのたれ乱れに互の目を交え、刃に砂流し、金筋を多く交え刃中良く働いて覇気有る刃を焼いています。師匠人間国宝宮入昭平刀匠は鎌倉期の刀の研究に明け暮れ、吉廣刀匠も古く鎌倉期の刀の地金を本刀で再現し大変古く見える刀を作り成功しています。鎬に多少の鍛え肌が現れていますがこれも古刀を探求し成功した証です。吉廣刀匠の刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 69.8万円
太刀
国宗 平成十三年十月吉日
現代 76.1 2.6 0.82 国宗刀匠は愛媛県新居浜住、本名藤田宗久。昭和38年生。河内国平刀匠門。河内国平刀匠は現在の名工として有名であり、又文化人として名が知られた当代の代表刀工です。本太刀は鎌倉時代の福岡一文字を狙った太刀で、腰反り高く刃肉がたっぷりと有る蛤刃で、切っ先は先が詰まった猪首切っ先を現し、地金は板目肌を鍛え地金が古く見え、刃紋は互の目乱れ刃に働きが豊かで、元に映り風の景色を現し、鎌倉期の太刀の再現に成功して素晴らしい名刀を作り上げています。国宗刀匠の貴重な太刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 69.8万円

山城守藤原秀辰
江戸
初期
70.3 1.8 0.69 長さ2尺3寸1分
本国関の得印派。本名権兵衛。尾張の名工政常の門人。後に大坂に移住しました。江戸時代初期の正保頃(1644年)(370年前)本刀は反りの深い切っ先の延びた豪壮な姿を現し、彫物は棒樋に添え樋を掻き、地金は小板目肌に柾を交え力強い地金を明るく鍛え、刃紋はのたれ乱れ刃に変化があり、刃を高く互の目を交え、飛び焼きも焼き素晴らしく豪快な刃を焼いて見事です。初代和泉守国貞や河内守藤原国助と同じ時代に活躍した名工です。後に江戸にも出ました。秀辰(ひでとき)は有名ですが脇差は拝見しますが、刀が少なく本刀は大変貴重な刀です。江戸期の拵えが本刀に一層華を添えています。今回世に初めて生で出たために格安でご提供です。大坂と江戸で活躍した名刀を是非お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
78万円
短刀
備前介宗次(固山宗次) 菅原勝威造之
江戸
末期
32.5 0.4 0.68 弘化二年十二月日(1845年)(169年前)
(固山宗次43歳の作)
固山宗次は新々刀期の備前伝刀工中の第一人者として余りにも有名です。四谷で源清麿と向かい合わせの家に住んでいてライバルとして大いに競い合ったことは有名な話です。固山宗次は弘化二年十二月備前介に任官。本短刀はそれを記念した畏友菅原勝威の需銘の入った特別注文品の貴重な寸延び短刀です。姿は先が鵜の首造の特殊な姿で地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は直刃をむら無く素晴らしく上手に焼き上げた素晴らしい短刀です。菅原勝威は幕府の旗本でしょうか。合口拵えも素晴らしく備前介受領の記念すべき本短刀に一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
78万円

備州長船住祐定 八月日
室町
末期
73.1 1.2
0.77 備前国祐定は名刀の代名詞として余りにも有名です。本刀は八月日と有りますが、年号が有りませんが、織田信長の姉川の合戦比叡山の焼き討ち、武田信玄と徳川家康の三方原の合戦と日々戦国時代の群雄割拠の時代を逞しく生き抜いた名刀です。本刀は板目肌良く詰み備前独特の潤いのある地金で映りが立ち、刃紋は互の目丁子乱れ刃、刃中葉が働き千変万化の変化を表し素晴らしく覇気ある刃をむら無く焼き上げています。拵えも武士の好みで地味ですが、鉄地一作拵えと目貫は室町時代の古金工の目貫が一層本備前長船祐定の名刀に華を添えています。をおたのしみください。 拵え 78.8万円

下総国次泰作(無鑑査刀匠)
現代 72 1.9 0.73 平成二年三月吉日
長さ2尺3寸8分
本名松田周二。出身は北海道。北海道教育大学特設美術科を出、東京芸術大学1次2次試験合格したものの、入学叶わず、昔から憧れていた人間国宝宮入昭平先生に弟子入り長年の内弟子を経て独立、高松宮賞他特選多数受賞。現在は無鑑査刀匠。千葉県住。本刀は鎌倉時代備前福岡一文字写しの刀です。姿は備前の腰反りで元身幅と先身幅の差の少ない切っ先は猪首風の豪壮な姿を現し、地金は力強く小板目肌に鍛え、刃紋は匂い本位の互の目丁子刃を元から先まで明るく焼き上げて見事です。鎌倉時代の福岡一文字の名刀を見事に再現して成功しています。お楽しみ下さいませ。
白鞘 78.9万円

粟田口近江守忠綱(初代)
江戸
初期
71 0.8 0.69 初代忠綱は粟田口国綱の後裔と称しています。性は浅井で播州姫路生、後山城にて鍛刀し、更に大坂に移住。寛永六年(1629年)頃よりの作刀が有ります、大坂新刀の先駆けとなる代表刀工です。本刀は元は2尺5寸もあった長大な刀を後世1寸5分程短くしています。地金は板目肌良く詰み厚い地沸がつき、鎬地は柾になり、刃紋は丁子乱れ刃で頭が揃い、丁子の足が長く入って覇気有る刃を豪快に焼き上げています。鞘書きに国立博物館刀剣室長であった加島進先生の御尊父様の加島薫先生の鞘書きが一層本刀に華を添えています。本刀忠綱の子が彫で有名な二代目近江守忠綱で一世を風靡した人気刀工です。本来は280万円もする初代粟田口近江守忠綱の名刀を格安でご提供です。お楽しみ下さいませ。 白鞘
79.8万円

於頭山満翁邸内 笠間一貫斉繁継作
現代 62.5 1.7 0.68 昭和十一年八月日
日本刀鍛錬所師範、後渋谷常盤松の中国の国父と言われる孫文やインドの独立のラス ビハリボースを助けた右翼の大物として有名な頭山満翁に支持され、頭山満亭内で鍛刀。昭和の最高の刀匠として余りにも有名です。日本刀鍛錬所では多くの刀匠を育て、人間国宝 宮入昭平刀匠も弟子の一人です。吉原義人、吉原国家は孫弟子となります。本刀は末備前の刀を写した姿に地金は小板目肌良く詰み、強い地金を鍛え明るく冴えています。刃紋は備前伝互の目丁子刃に丁子の足が見事に入り、素晴らしく冴えています。笠間一貫斉繁継刀匠の数少ない頭山満亭で打たれた歴史の証人となる価値ある名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 79.8万円

濃州住丹波兼信刻同作
現代 72.1 1.6
0.72 平成八年十月吉祥日 還暦記念応安藤佐八雄需
本名丹波清吾、父岐阜県重要無形文化財丹波兼延に習う。刀身彫刻の名人として名高い刀匠です。新作刀剣展入選多数。本刀は元幅と先幅に差が少ない豪壮な姿に、地金小板目肌よく詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は備前伝丁子刃を元から先まで匂い口明るく見事に焼き上げ、刀身表に真の玉追いの上り竜。裏に梵字に護摩ばしに蓮台を見事に彫り上げ、この彫を彫るだけで3か月はかかるとの事です。見事な彫が本刀に一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。
白鞘 81.9万円

大和守源康道
江戸
初期
70.9 1.3   大和守康道は寛文頃(1661年)の美濃の名工です。明応頃1492年赤坂千手院康道の末で康綱の門人です。本刀は地金板目肌良く詰み、刃紋は直刃匂い深く素晴らしく良く出来ています。肥前国近江大掾藤原忠廣に非常に似た素晴らしい刀を作っています。 白鞘 82万円
薙刀 出羽大掾藤原国路 江戸
初期
45.6 2.5 0.65 堀川国廣の高弟として余りにも有名な名工。出羽大掾受領は慶長19年ごろと思われます。本刀は国廣の慶長打ちと同じく身幅広くがっしりとし豪壮で地金良く詰み焼き刃素晴らしく華麗で、にえ匂いの働き素晴らしく慶長新刀の薫り高く神々しい刀と成っています。三品帽子も見所の一つです。出羽大掾国路寛永時代壮年期の最高傑作の名刀を是非お楽しみください。 白鞘 84万円

帝室技芸員菅原包則八十五才作(綾杉肌)
現代 63.8 1.3
0.7 帝室技芸員菅原包則八十五才作磯江ヨリエ
宮本志賀彦。備前長船横山祐包門。明治39年月山貞一と共に帝室技芸員(人間国宝)に指定されました。本刀は地金は綾杉肌を見事に鍛え、刃紋はのたれ刃に互の目刃を交え包則の真骨頂を現した名刀です。大正3年の当時のままの軍刀拵えが大変貴重なものです。包則の名刀をお楽しみくださいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
刀子
河内国平作 習正倉院刀子
現代       2014年正宗賞を受賞された河内国平刀匠 平成十二年作の正倉院刀子写です。 全長22.3cm、刃長7cm、純金金具付。   85万円

備前長船祐定(探山先生鞘書付)
室町
末期
65.6 2.7 0.79 長さ2尺1寸6分
日本刀の代名詞とも言われる備前長船祐定の名刀です。姿は腰反り高く地金は小板目の地肌良く詰み、地には一面に乱れ映りが現れ見事です。刃紋は直調に互の目足良く入り帽子は深く棟に迄焼きが入り棟焼きも有り見事で、典型的な備前長船祐定の名品です。俗名は有りませんが、銘振りから推考すると名匠与三左衛門祐定の子源兵衛尉祐定の作品かと思われる名品です。現代の鑑定家の第一人者田野辺道宏先生の鞘書きも本刀に一段と華を添えています、名刀中の名刀備前長船祐定の名品を是非お楽しみください。
白鞘 85万円
脇差
伝肥後大掾貞国(重要美術品同等)
江戸
初期
37.1 0.2 0.61 本脇差は平造の姿、地金は小板目肌良く詰み、力強い地金を鍛え、刃紋はのたれ乱れ刃、匂口が明るく淡雪が積もれる如くの刃を上品に焼き、彫物は表に櫃の中に真の剣巻龍、裏に八幡大菩薩の彫を見事に彫り上げています。献上品でしょうか元々の生無銘の物で、彫も刀身もどこから見ても重要美術品と同等品です。越前康継同人と言われる肥後大掾貞国とされていますが、如何でしょうか、小刀拵えも素晴らしい拵えです。お楽しみ下さいませ。 拵え 85万円
太刀
伝長船盛重(南北朝期相伝備前)
南北
72.6 1.5 0.68 本刀は元々の長さが2尺7寸も有る南北朝応安(1368年)頃(650年前)の大太刀をすりあげた太刀です。備前の大宮盛重は備前長船兼光とその技を争ったと言われています。本刀は古研ぎのままに伝承されている為に、地金の鍛えが素晴らしく良く見えます。姿豪壮で兼光に良く似ており、地金は杢目肌に大肌が現れ刃紋は匂本位で大模様の焼き刃を焼き互の目丁子の足が良く入り、切っ先は特に焼きが強く飛び焼きも現して相州伝備前を見事に表し覇気有る刃を焼いて見事です。このような相伝備前の典型的な刀は少なく大変貴重です。将来は重要刀剣が期待される名刀です。江戸期の拵えが本刀に一層華を添えています。南北朝の相伝備前の名刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
売約御礼
短刀
大和国則長(二代目 尻懸則長)
南北
29.2 0 0.53 大和の刀には大変在銘の物が少なく、これは各寺院に属していたために、元々銘を入れる必要が無く、無銘の刀が殆どです。本短刀は奇跡的に大和国則長の銘が完全に残っており大変貴重な短刀です。鎌倉時代の尻懸則長の2代目に当たる南北朝の則長です。本短刀は平造の寸法やや伸び地金板目肌良く詰み、柾肌が流れ強い鍛えを現し、刃紋はにえ出来の直刃調でややのたれ二重刃交え素晴らしく覇気ある刃を焼いています。在銘の大変貴重な短刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 88万円

備中国水田住国重
江戸
初期
60.4 0.9
0.67 (鍔 山城国伏見住金家(後代) 縁頭こ尻菊花の図銀地高彫 柄猿皮巻 鞘ひねり刻黒蝋鞘拵付)
備中国水田国重の刀です。時代は寛永(1624年)頃俗名が有りませんが、大月与五郎国重あたりの作刀と思われます。地金は板目肌良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃明るく大変良く出来ています。古来備中水田は相州伝で巧みに刀を造り人気の高い刀工です。特に拵えが豪華で素晴らしく本刀を一層華やかにしています。
白鞘
拵え
売約御礼

丹後守藤原重常 越前於豊原
江戸
初期
69.4 1.2 0.67 初代重常、寛文頃1661年本国は播州北宅庄。越前丸岡に住した兼常の門人となりました。後に越前豊原に住み、後加州加賀に住みました。本刀は板目に柾肌が交じり、刃紋は互の目刃に尖り刃が交じり覇気有る刀を作っています。拵えは鞘は青貝を交えた変わり鞘で、縁頭は鉄地梅の木を現わし、鍔は鉄地丸に四目の家紋透かし好ましい格調ある拵えもお楽しみ下さい。 白鞘
拵え
89万円

相州住盛重
室町
末期
62 1.3
0.63 鎌倉が衰亡して、新たに小田原に北条氏が起こるに及んで、この小田原に相当数の刀工が居住してこの刀工達を小田原相州と呼んでいます。相州住盛重はその一人で、天文頃(1532年)481年前の刀工です。本刀は反り浅く姿優しく、室町期の姿を現し、地金は小杢目肌に鍛え刃紋はのたれ乱れ刃に特徴的な互の目を大胆に交え、大変覇気有る刃を焼いています。相州彫の深い彫を表に草の剣巻龍、裏に梵字に二筋樋を素晴らしく力強く彫り上げ小田原相州の代表的刀となっています。お楽しみ下さいませ。 白鞘 89.3万円

東都住八鍬忠雄作
現代 77.3 2.7
0.9 為贈之福田博至君 東都住八鍬忠雄作
応需福田家重代之 他ニ不可渡也 昭和発年十月十二日
八鍬忠雄刀匠は靖国刀匠であった無鑑査刀匠父八鍬靖武門。昭和19年生まれ。荒川区南千住住。新作名刀展受賞多数。本刀は源清麿写しの切っ先の延びた豪壮な姿に、地金小板目肌よく詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は変化の有る互の目刃を見事に源清麿に負けない覇気ある刀を作り上げています。拵えも現代の拵えですが、武蔵拵えを今造れば70万円以上かかる拵えです。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
89.3万円

武蔵守藤原清貞
江戸
初期
75.2 0.8
0.79 武蔵守藤原清貞は寛文頃(1661年)(353年前)の美濃(現在の岐阜県)の刀工です。本刀は寸法が長く反りが少なく豪壮な所謂虎鉄と同じ寛文新刀の姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋はのたれ乱れ刃に互の目の刃がちじに乱れ素晴らしく明るく、変化有る刃を見事に焼き上げています。拵えも江戸期の黒呂鞘が付き、鍔は赤銅地に文様をを彫り一部は金色絵を施し豪華です。縁頭は赤銅魚々子地に二王の高彫を据え、目貫は鐙と鞭の図、柄は白正絹糸で巻かれ、江戸期は高級武士の刀と言う事が判ります。江戸時代は美濃の刀工は、全国に散らばり、美濃本国での刀鍛冶は非常に少なく、美濃にとって清貞刀工は大変貴重な刀工と言えましょう。高級武士の名刀をお楽しみ下さいませ。 拵え 89.8万円
短刀
兼住(かねずみ)
室町
末期
31.2 0.6
0.72 兼住は十郎左衛門。関の奈良派の刀匠です。孫六兼元と同時代の永正(1504年)(500年前)頃の名工です。本寸延短刀は姿は健全で反りの深い鋭い姿を現し、地金は板目肌良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は匂出来の変化のある覇気有る互の目乱れ刃に飛び焼きも交え、波飛沫の様な趣の有る刃を焼き、返りを深く焼いています。拵えも江戸時代の鞘は雲の高蒔絵を上品に施し、金具は四分一地縁頭、鯉口、栗型、こじりの揃い金具が見事です。兼住の名短刀に一段と華を添えています。お楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
89.8万円
脇差
伊賀守藤原金道(二代)(業物)
江戸
初期
39.3 0.9
0.68 名門山城伊賀守金道家二代、三品勘兵衛、初代金道の長男。寛永14年9月16日伊賀守受領。金道家は禁裏御用を承り。関ヶ原合戦の直前徳川家康より太刀千腰の注文を受けた際、在京の鍛冶を金道の支配下に入れる事を条件に注文を引き受け、戦後家康の取次にて日本鍛冶惣匠の勅許を受けました。本脇差も元先の幅の差が余りない切っ先が延びた豪壮な姿で、地金は板目が強く鍛えられ、刃紋は元に直刃調の京焼き出しを焼き互の目乱れ刃大変変化有る刃を焼き、刃中砂流し金筋が現れ、帽子は典型的な三品帽子を現し全てにおいて鍛冶の頭領としての価値を現しています。お楽しみ下さい。 白鞘
拵え
売約御礼

城州住国時於南紀造之(堀川国廣門)
江戸
初期
79.3 2.1
0.86 本刀は堀川国廣の弟子で和泉守国貞や河内守国助が大阪に移住したように、国時は紀州に移住しました。国時の現存作大変少なく貴重な刀です。出身は国廣と同じ日向ですので国廣の一族かもしれません。本刀も堀川国廣の堀川移住後の地金が素晴らしく綺麗な地金で刃紋はのたれ刃がゆったりと焼かれ見事です。貴重な城州住国時の名刀をお楽しみ下さい。 白鞘 89.8万円

大和大掾藤原氏繁(小烏丸造)
江戸
中期
68.4 1.2 0.73 播州姫路藩藩工。三木新兵衛。元文1736年頃藩主の命により氏重より氏繁に改銘。氏繁の初代となりました。本刀は小烏丸造の姿で地金は小板目肌良く詰み大のたれ乱れ刃に砂流や金筋が良く働き相州伝を見事に焼き上げています。藩主より元文銀五定を賜った記念として子孫代々に伝える刀を造ったとの貴重な添え銘が有ります。貴重な氏繁の刀をお楽しみください。 白鞘 売約御礼
薙刀
九州肥後同田貫上野介 慶長十六年正月吉日(同田貫正国)
江戸
初期
42.8 2.2 0.8 (刀剣乱舞で有名)
長さ 1尺4寸1分
慶長十六年(1611年)(401年前) 本薙刀は世にあまりにも有名な「九州肥後同田貫正国」「九州肥後同田貫上野介」と称する小山左馬介の名薙刀です。年期作は無く年期の有る本薙刀は大変貴重です。正国は初銘国勝と切り後加藤清正より正の字を賜り正国と改めました。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的に有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本刀は小板目に柾まじり刃紋は直調にのたれに互の目みだれ大変良く出来ています。現在人気第一の肥後同田貫正国の薙刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼

伝若狭守氏房 主 伯耆左兵衛佐源長良 太勝 誉
室町
末期
71.9 2.6 0.66 南北朝時代の後醍醐天皇の楠正成と共に寵臣である名和長年の末流。本刀は名和顕孝(なわあきたか)官途は左兵衛尉、肥後宇土城主の大変貴重な所持者銘のある刀です。後太閤秀吉の時代に小早川隆景に属しました。元寇の際の記録として有名な「蒙古襲来絵詞」を所蔵していました。本刀は太勝誉の銘がある如く、従軍し素晴らしい大勝利の戦勝記念の誉れを中心に記しています。刀は大すりあげ無銘ですので、当時の織田信長の抱え鍛冶であった若狭守氏房あたりであろう刀で、先反りの強い元は2尺5寸以上あった豪壮な刀です、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は如何にも物切れする大のたれ刃が如何にも戦国武将好みと思われます。拵えは古いために大変痛んでいますが貴重です、宇都城主名和顕孝の貴重な刀をお楽しみ下さい。 白鞘
拵え
98万円

得印源家久(志津写)
江戸
初期
68.3 1.5
0.6 得印派は直江志津兼俊の子兼久(南北朝永和)(1375年)頃の養子又六兼安から始まります。兼安の法号を得印と言ったので得印派と言いました。本刀は寛永頃頭領兼久が家久に改名した時に作られた記念の志津写しの名刀です。姿は南北朝期の元幅先幅の差の少ない豪壮な姿を現し、地金は板目肌、時代が上がった大変古く見える地金を鍛え、一部に古風な映りが現れています。刃紋は相州伝のたれ乱れ刃、源清麿さながらの金筋を見事に現し、二重刃も見事に焼き上げて南北朝期の志津の名刀を髣髴とさせる名刀です。得印の号を付けた刀は実存大変少なく。本刀を後世に残す為に力の限りを尽くして鍛え上げたものと思われます。兼久改め家久渾身の名刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 99.8万円

於大城下細川正守刻印
江戸
末期
68.4 1.8
0.8 慶応三年八月日
於大城下細川正守、細川仙之助。本刀は江戸城下で作刀された貴重な名刀です。作州津山藩工の名工細川正守の作の刀で有名で有りますが、現存作拝見する事少なく、貴重な名刀です。本刀は姿誠に優美で小板目肌良く詰みのたれ互の目足良く入り、素晴らしく匂い深く上品に焼き上げています。父は水心子正秀の高弟で名工作州津山松平藩工細川正義の子であり本刀も素晴らしい名刀となっております。是非お楽しみくださいませ。
白鞘 115万円

大和守藤原金蔵
江戸
初期
70.9 1.8
0.74 関の寛文1658年頃の刀工。後江戸へ出て刀を鍛えました。本刀は地金小板目肌が素晴しく良く詰み、地沸が厚く付く素晴らしい地金を鍛え、刃紋は直刃調のたれ刃、沸、匂深く、あたかも名工肥前国近江大掾忠廣を見るがごとくの直刃を素晴らしく良く焼いています。金蔵の最高傑作品と思われます。長く紀州徳川家の家老朝日奈家の蔵刀として大切にされていました。拵えも今では刀てい作ることのできない黒皮包み鞘刀拵えが大変貴重な拵えで、本刀に一段と華を添えています。 白鞘
拵え
売約御礼

武州住石堂秦東連(業物)
江戸
初期
64.2 1.4 0.69 江戸石堂。石堂八左衛門。初銘守久後東連(とうれん)と改めます。本国美濃。寛文頃(1661年頃)東連は名前の語呂が良いために古来大変有名ですが、現存作を最近はほとんど見る事少なく、貴重な刀です。本刀は腕の立つ武家の特別注文品と見えて、片手で抜き打ちに適した末古刀の寸法で、ことのほか地金は板目肌良く詰み、刃と鎬の間に見事な映りを現し、刃紋は高い出入りの激しい丁子刃を見事に焼き刃中に足や葉の働きが見事です、表に素剣裏に梵字と護摩箸の彫物が見事に彫られ、江戸期の揃い金具の半太刀拵えが本刀を一段と華やかに飾っています。業物として有名な東連の注文打ちの名刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
126万円

鉄火道人昭秀作(栗原彦三郎)
現代 72.1 1.6 0.9 奉祝皇紀二千六百年 寿 同年三月 上院
昭秀刀匠は堀井胤明門、東京赤坂氷川下に日本刀鍛錬伝習所を設けて刀匠の養成に心血を注いだ刀剣界の大功労者です。人間国宝、宮入昭平、天田昭次、秋元昭友等、師や門人等50余名を育て又抱えていました。栃木県選出の衆議院議員でも有りました。本刀は昭秀61歳の作ですが、本来は宮入昭平刀匠が鍛えています。本刀は昭和15年皇紀二千六百年を祝う記念の刀と同時にこの年3月、昭秀が上院とは貴族院議員になった御祝の為に打った記念の貴重な刀です。
姿は豪壮で、地鉄は小板目肌良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は互の目のたれ刃を力強く焼き、良く足が入り覇気有る刃を焼いています。御祝であり、記念打ちで有る為に、力一杯の大傑作刀となっています。昭秀刀匠の代表作をお楽しみ下さいませ。
白鞘 128万円

伝武蔵大掾藤原忠廣(初代肥前国忠吉)(備前国長船長義写)
江戸
初期
70.3 2.1
0.71 (佐藤寒山先生鞘書備前国長船長義) 初代忠吉は元和十年(1624年)(寛永元年)再び上洛して武蔵大掾を受領し忠吉から忠廣に改め、同時に源姓から藤原姓に替えています。この刀は武蔵大掾忠廣に極められた刀です。小板目肌がよくつんで、地沸が微塵に厚くついた肥前刀特有のいわゆる米糠肌状の鍛えに、焼き幅の広い出入りの激しい互の目丁子刃を焼き、小にえがよくついて、備前国長船長義を大胆に写した、大変覇気有る名刀です。寒山先生の備前国長船長義の鞘書きがあったとの事ですが、武蔵大掾忠廣の極めになったので、消してしまったとの事残念です。幕末の豪華な一作金具の拵が本刀に一段と華を添えています。お楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
129.6万円

肥前国宗次
江戸
中期
73 2.2
0.8 (脇坂家伝来太刀拵付)
肥前国伊予掾宗次の四代享保頃(1717年頃)の名刀です。地金は小板目肌よく詰み肥前刀の真骨頂の直刃を素晴らしく力強く焼き上げた大名からの特別注文品です。太刀拵えも脇坂家の桔梗紋をあしらった素晴らしい太刀金具が一層本太刀の価値を高めています。今回初めて世の中に出てきました。お楽しみ下さいませ。
拵え 137万円

平安城安廣
江戸
初期
71.8 1.2
0.76 (刀剣乱舞で有名な大和守安定の父)
長さ2尺3寸7分 慶長新刀の作者の一人紀州安廣は名工南紀重国の協力刀工として近年最重要視されています。本刀の様に京山城でも刀を作っており、かの刀剣乱舞で有名な大業物で名高い新撰組一番隊組長沖田総司の佩刀大和守安定の父親として脚光を浴びています。大和守安定が紀州石堂出身と発見されたのも、この紀州安廣との合作刀が発見された為です。安廣の刀は現存作殆んど有りません。本刀が代表作となっております。姿は身幅元末の差なく身幅広く、切っ先の大きい慶長新刀の姿とても力強く、地金は板目肌力強く鍛え、刃紋は匂に沸が絡んだ互の目乱れ刃を力強く焼き上げあたかも南紀重国の上作の刀を見るような名刀です。大和守安定の父親の貴重な名刀をお楽しみ下さい。
白鞘 137万円
太刀
備州長船盛光 応永廿年八月日
室町
初期
70.7 2.4 0.78 応永20年(1413年)(601年前)備前長船の名工応永の三光と讃えられる盛光、康光、師光の中で、最も人気の高い本太刀は備州長船盛光の堂々たる太刀です。本太刀は元々は2尺7寸以上あった太刀です、姿は反りが深く腰反りで鎌倉時代の太刀の姿を現し、地金は杢目に乱れ映りを現し、刃紋は匂い出来の直調の刃紋に互の目を焼き格調高い太刀になっています。帽子は小丸で健全です。在銘盛光の太刀は戦国時代に大業物として有名なために、消費されてしまった為か、有名でありながら現存作非常に少なく大変貴重な太刀です。名刀盛光の太刀を是非お楽しみ下さいませ。 白鞘 138万円

九州肥後国同田貫兵部(業物)
安土
桃山
72.1 0 1.3 天正頃1580年(420年前)
本刀は世にあまりにも有名な九州肥後同田貫兵部の大身槍です。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的に有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本大身槍は小板目に柾まじり刃紋はのたれに互の目みだれ大変良く出来ています。大身槍は元々大名物です。拵えも朱鞘の大名拵えです。現在人気第一の肥後同田貫兵部の大身槍をお楽しみください。
白鞘
拵え
138万円

筑州山王住宗勉作(無鑑査刀匠)
現代
76.2 2.5 0.71 平成二十四年八月吉日 偲来国俊
昭和2年生まれ文化庁長官賞、毎日新聞社賞、薫山賞、理事長賞、等々の多数の特賞を受賞している現代の名工として余りにも有名な宗勉刀匠の来国俊写し格調高い直刃を見事に再現した名刀です。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、素晴らしいむらの無い直刃を元から先まで焼き上げて、名人の名声をいよいよ高めた傑作太刀です。お楽しみ下さい。
白鞘 147万円

錦織重泰依好 長運斎綱俊作之 嘉永七年二月吉日
江戸
末期
78.2 2 0.84 長運斎綱俊は水心子正秀門人で江戸新々刀期の備前伝の天才刀工として余りにも有名です。生まれは米沢加藤国秀の子。加藤綱英の弟。江戸麻布上杉屋敷にて刀を作っていました。本刀は綱俊57歳の油ののり切った時の作です。添書によりますと錦織重泰は土佐山内家の重臣でその方の特別注文打ちです、土佐英信流の関係でしょうか、後年無双直伝英信流十九代宗家十段範士福井春政先生に譲られたという歴史的にも大変価値ある名刀です。鎌倉時代の大和手掻包永を写した刀です。姿は豪壮で、地金は板目肌良く詰み地沸が付き、刃紋は大和伝の匂い出来の直刃が素晴らしく二重刃も現れ明るく良く焼けています。長運斎綱俊の歴史的貴重な刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
148万円

不壊玉人吉光(剣巻き龍の欄間透かし彫)
現代 76 2
0.86 岩手県奥州御所住安本吉光刀匠の素晴らしく豪壮な太刀です。吉光刀匠は人間国宝宮入昭平刀匠の弟子です。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は互の目刃素晴しく良く焼けています。特に欄間透かしの剣巻き龍はいかにも今にも天に昇る勢いを感じさせる素晴らしい彫が一段と本刀を華やかに飾っています。 白鞘 148万円
脇差
濃州関住兼定作
室町
末期
59.4 2 0.65 (刀剣乱舞で有名)(初代或は二代)
室町時代文明(1469年)から明応(1492年)にかけて初代兼定の作刀が有ります。世上有名な和泉守兼定(之定)は明応からの作刀が有ります。鞘書の田野辺先生の説に従えば、初代兼定ですが、本刀も年代が無いために和泉守兼定の初期銘かもしれませんが、初代か二代はこれから研究しなければなりません。本刀は小太刀として造られ、当時の優美な姿を現し、地金は板目肌に柾肌が交じり、全体に古調な映りを上品に表し、刃紋は互の目に上品な尖り刃を交え刃中働きが素晴らしくあります。拵えも幕末の銀金金具一作の上品な拵えが一層本刀に華を添えています。現存作少ない兼定の名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
168万円

一 肥前国出羽守藤原行廣(初代)
江戸
初期
73.8 2.1
0.75 初代忠吉の孫で河内大掾正廣の弟寛文3年(1663年)出羽守受領慶安3年長崎に行き薬師寺四郎右衛門より阿蘭陀鍛えの鍛法を学び以阿蘭陀鍛作の添え銘を切っている刀も有ります。又銘に一あるいは一文字と切っているのは後に石堂派の鍛冶から備前伝の鍛法を習ったからで 鍋島左京の抱え鍛冶。本刀は地金小板目が良く付き細かな地沸がつき地景が現れ、刃紋は直刃に小互の目を元から先まで交え見事に焼き上げています。業物としても有名で肥前刀の代表刀匠の一人です。 白鞘 168万円

衛府太刀拵(松平遠江守伝来摂州尼崎四万石伝来)
室町
中期
66.6 1.9 0.64 (蛇の目に桔梗紋)(江戸期は伝青江貞次)(伝平高田)
武士は諸大夫つまり正五位以上になると狩衣、太刀を許されました公卿の佩く蒔絵の太刀に真剣を入れて衛府の太刀と言いました。本衛府太刀は三位以上は金具は金、四位以下は銀と定められていたので、本衛府太刀は金色絵の為 三位以上の格式の有る大名の物です。中身は元々は備中青江貞次として伝来していました。現在は平高田と極めれれていますが。備中青江で良いのではないかと思います。豪華な衛府太刀をお楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼
太刀
恵作(人間国宝宮入昭平の子)
現代 80.8 2.2
0.78 (宮入小左衛門)(人間国宝宮入昭平の子)
昭和丁卯年春吉日(昭和62年)(志津写)(無鑑査刀匠)
人間国宝宮入昭平の子で宮入一門からは天田昭次、大隅俊平と言う人間国宝を輩出している、宮入一門の頭領鍛冶です。本太刀は姿堂々と豪壮で、地金は板目肌良く詰み地景が現われ、刃紋はのたれ乱れに互の目が交じり、上品な金筋がいたるところに働き、最高の傑作品です。人間国宝宮入昭平刀匠の刀を見るがごとき太刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 198万円

肥前国近江大掾藤原忠廣
江戸
初期
71.7 1.1 0.72 近江大掾忠廣は肥前国忠吉の嫡男で寛永十八年七月に近江大掾を受領。本刀は太刀姿頃合いで、姿が素晴らしく良く地金は小板目肌地沸がついて潤いが有り所謂小糠肌の典型です、刃紋は家伝の中直刃素晴らしく良く出来て二重刃風の働きの所もあり、初代忠吉を凌ぐ出来を現しています。新刀期の代表刀工で有り、新刀の正しく優等生といえる名刀です。本刀は大名の殿様の差料として作られ、拵えも素晴らしく、一層本刀を華やかにしています。お楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
278万円
太刀
東吉野村住河内国平造之(正宗写)
現代 74 1.8 0.87 昭和五十六年早春吉祥 正宗賞受賞の河内国平刀匠は奈良県重要無形文化財、無鑑査刀匠として余りにも有名な人気第一の名工です。人間国宝、宮入昭平刀匠と人間国宝、隅谷正峰の両方に、学ぶという大変研究熱心な名工です。本太刀は鎌倉時代の名工正宗を写した名刀です。豪壮な鎌倉末期の太刀姿に真の棟、地金は板目肌素晴らしく良く鍛えられ、深い見事な棒樋を彫り、刃紋は素晴らしく覇気のあるのたれ刃に沸が微塵に深く付き砂流しが現れ正宗の名刀を再現しています。当代人気第一の名工河内国平刀匠の名品をお楽しみください。 白鞘 特別価格
御相談
太刀
出羽国住人大慶庄司直胤(花押)(備前長光写)
江戸
末期
80.2 2.1 0.83 文化十四年仲春
大慶直胤の備前長船長光を狙った大傑作太刀です。地金は古色をおびた鎌倉時代の地金を上手に鍛え、鎌倉期の映りを元から先まで、地肌一杯に現し、刃紋は匂い深い互の目丁子刃を古色をおびた刃を焼き、誰が見ても鎌倉期の備前長船の太刀に見てしまう名刀です、重要美術品の大慶直胤の2年後の作で、その太刀に負けない程素晴らしい作品です。新々刀の巨匠大慶直胤の太刀をお楽しみください。
白鞘 特別価格
御相談

国廣(堀川国廣)(新刀の祖)
江戸
初期
74.5 2 0.64 国廣は名工として有名で国の重要文化財や重要美術品認定されているものが多く新刀の祖として余りにも有名です。天正初年1573年44歳の頃より天正17年61歳まで日州古屋をはじめ九州各地にて鍛刀、天正18年関東野州足利学校で鍛刀、天正19年63歳で上京、その後諸国を流浪し慶長4年70歳で京に定住。本刀は銘より慶長14年京定住後名作が作られた時の作。本刀は国廣ではこれ一本だけと思われる、特別注文品でしょう。鎬を削いだ鵜の首風の姿で、堀川肌と言われる、地肌が板目で肌が流れてざんぐりした肌と、小板目肌素晴らしく良く詰んで綺麗な地金を鍛え、刃紋は相州正宗ののたれ刃に金筋、砂流しが働き刃中明るく大変覇気のある刃を焼いています。実際に見ること大変少なく貴重な國廣をお楽しみください。  白鞘
拵え
売約御礼
太刀
城慶子正明鍛之 試鹿角及甲札興棒
江戸
末期
72.1 1.6 0.83 慶応二二年戊辰年秋 応圓山信庸需
本名竹村恒次郎。細川正義門。作州津山藩工の城慶子正明は細川正義門の代表刀工で上手です。本刀は特別注文品で姿素晴らしく豪壮で、地金は小板目肌良く詰み、素晴らしく力強い地金を鍛え、刃紋は匂い出来で小沸が付いた備前伝互の目丁子刃を変化有る覇気有る素晴らしい大胆な刃を焼き成功しています。本刀は鹿の角を断ち切り、鉄の板も切、樫の棒も両断した素晴らしく切味の良い城慶子正明の古来から有名な代表的最高傑作品の刀です。時あたかも明治維新を迎える時、武士の意気込みが刀に現れた歴史を感じる名刀です。当時の拵えが本刀に一層華を添えています。
白鞘
拵え
特別価格
御相談

筑前住源信国吉包
江戸
末期
71.2 1.5 0.69 江戸時代延宝頃(1673年)筑前信国。信国助左衛門。八代将軍吉宗に招かれ御浜御殿で刀を作った信国重包の父。山城信国の14代目。本刀は姿素晴らしく豪壮で反りが浅く、地金は小板目肌が良く詰み地沸が付いて、刃紋は当時大坂の津田越前守助廣が考案した涛乱刃を意識した刃紋でしょう、互の目乱れ刃が冲から押し寄せて来る波に見える素晴らしい覇気有る刃を焼き上げ、シブきに見える飛び焼きも焼いています。吉包の最高傑作品として古来有名な刀です。拵えも柄は肥後拵えの本歌である、猿の皮を巻いた貴重な江戸肥後拵が本刀に一層華を添えて見事です。お楽しみ下さいませ。 白鞘
拵え
売約御礼
拵え
糸巻太刀拵(松平家伝来)(参州渥美郡吉田七万石)
江戸
末期
      本糸巻き太刀拵えは江戸時代末期の拵えで、総金具銀磨地高彫人物と唐草の図目貫は松平の家紋の菊蝶紋三双金無垢地、太鼓金も松平家紋の菊蝶の図。鞘は金梨地塗家紋笹りんどう高蒔絵紋が十二個品良く描かれています。糸巻き太刀拵えの歴史は足利将軍八代義政に嘉吉三年(1443年)糸巻き太刀拵えを献上した記録から始まります。武家の拵えで公家は使用しません。柄糸の色は源氏は黒、平家は紫、藤原は萌黄色、橘氏は黄色と言いますが、多くの場合は佩用者の好みで巻かれています。本太刀は健全この上ない素晴らしい太刀拵えです。松平家伝来の太刀拵えをお楽しみ下さいませ。
のみ
特別価格
御相談

固山宗兵衛宗次鍛尽(山田浅衛門家伝来)
江戸
末期
71.2 1.8 0.8 応山田朝右衛門吉昌需 固山宗兵衛宗次鍛尽
天保六乙未八月日
天保6年は(1835年)新々刀期における備前伝刀工中の第一人者固山宗次の素晴らしい名刀です。地金小板目に小杢目肌が交じり良く詰んで美しく、刃紋は宗次丁子と言われ覇気有る明るい丁子刃を焼き、一文字写しの互の目丁子刃を素晴らしく明るくむらなく焼き、固山宗次の最高傑作品となっています。古来有名ですが幕府お試し掛かり山田浅衛門の特別注文品の名刀です。ここに初めて目に掛かります。お楽しみ下さいませ。
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脇差
固山宗次作之(山田浅衛門家伝来)
江戸
末期
56.4 2.4 0.87 副山田吉昌子之好 固山宗次作之
天保十三壬寅年五月日
天保十三年(1842年)新々刀期における備前伝刀工中の第一人者固山宗次の素晴らしい名脇差です。地金小板目に小杢目肌が交じり良く詰んで美しく、刃紋は宗次の互の目丁子と言われ覇気有る明るくむら無く丁子刃を焼き、固山宗次の最高傑作品となっています。本脇差は有名な山田浅衛門吉昌先生の脇差とする為に特に鍛えられたもので幕末の歴史が詰まった名脇差です。お楽しみ下さいませ。
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和泉守藤原国貞
江戸
初期
75.5 0.9 0.7 和泉守藤原国貞は大坂新刀の祖として余りにも有名刀工です。本刀は大変洗練された姿に素晴らしく垢抜けした刃を焼き、子の井上真改代作代銘と思われるこれが刀です。小板目肌良く詰み沸出来の互の目丁子刃素晴らしく明るく良く出来ています。大坂新刀の代表的名刀を是非お楽しみくださいませ。 白鞘 特別価格
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藤原清人作(源清麿門人)
江戸
末期
75.4 1.8 0.8 清人嘉永五年26歳の時船田一琴の紹介で源清麿の弟子となり清麿が嘉永7年11月14日自宅で自刃の時僅か二年の内弟子であったが清人師匠をこよなく尊敬していた為に清麿の刀の半金を貰った刀の残債が30本も有ったのを 清人が成り代わって清人が刀を打って納めた話は美談として今日まで語り伝えられています。このような素晴らしい刀匠である為に古来人気の高い刀工です。本刀は清人39歳の快心作です。平成18年正月の刀剣美術誌鑑定刀になっておりますので、作柄は本文をご参考にしてください。 白鞘 特別価格
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和泉守藤原兼定作(之定)(最上大業物)
室町
末期
69.7 1.8 0.68 (刀剣乱舞で有名)
永正十一年二月日
千両兼定(推定今の価格で5000万円)
生国甲州で関に来て初代兼定門人となり、後に養子となる。孫六兼元と兄弟の契りを結び兄貴分です。永正の初め頃に和泉守を受領。本刀は小板目肌詰んだ地金に柾が交じり、地沸が付き、刃紋は互の目丁子乱れ如何にも最上大業物の切れ味良い大変覇気の有る刃を焼いています。兼定の年紀のある作品少なくこの永正十一年(1514年)期は大変資料的価値も大きいものです。兼定は古来有名ですが現存作少なく大変貴重な刀です。古来戦国大名が競って手に入れたかった和泉守藤原兼定をお楽しみ下さいませ。
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拵え
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肥後延寿太郎宗廣(同田貫)
江戸
末期
78.5 1.8
0.92 弘化二年三月日
有名な同田貫の名刀です。宗廣は同田貫上野介十代の孫と称する同田貫の末尾を飾る名工です。刀剣愛好家は必ず1口は持ちたいと思う同田貫の刀です。本刀は宗廣の豪快な代表作です。互の目丁子刃におい深く覇気有る刃を焼き、典型的な宗廣の名刀です。同田貫派の刀は戦後一番出世した刀の一本です。古来有名な同田貫の名刀をお楽しみください。
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売約御礼

九州肥後同田貫(正国)
室町
末期
65 1.7
0.82 小山左馬介、同田貫上野介、初銘国勝と切り後、加藤清正より正の字を賜り正国とあらためる。本刀は同田貫の刀として古来より余りにも有名な名刀ですが、残念ながら同田貫の刀は殆んど現存作なく貴重な名刀です。正の字の一のみ判読できます。天正頃の体配で身幅広く重ね厚く切っ先伸びて豪壮な姿を現し板目が流れ互の目小乱れ刃を焼き金筋砂流しを盛んに刃中に交えその鋭利さを持って賞玩されています。いかにも業物として名高い名品。萬屋金之助の子連れ狼での刀としてあまりにも有名です。同田貫の貴重な名刀をお楽しみください。 白鞘 売約御礼

脇差
丹波守吉道(大阪初代)(昭和名物帳登載) 江戸
初期
73.5
54.2
1.5
0.96
0.7
0.65
本刀は京丹波守吉道初代の次男で三品金右衛門慶長三年生まれ(1598年)正保年中に丹波守受領大坂に移住大坂丹波の祖となり代々非常に栄える元を築きました。尊敬の念を持ち祖父丹波と尊称されています。本刀は父京初代丹波守吉道が考案した簾刃を完成させて当時の和泉守国貞や河内守国助とともに大坂新刀の元を築いた名工です。本大小は昭和47年と昭和49年に昭和名物帳に登載されています。お楽しみ下さい。

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脇差
井上真改 菊紋延宝九年八月日
江戸
初期
53.6 1.2
0.72 鎬造り庵棟で反り浅く中切っ先、地金小板目肌非常に良く詰み地にえ細かに良く詰み地景良く現れています。刃紋は相州正宗写。大互の目乱れ。沸が大変暴れて素晴らしい、大変覇気有る刃を焼いています。地景の入った地金、にえの良く付いた乱れ刃に激しい金筋を交えた明るい刃文は相州伝の奥義を極めています。大坂正宗と称された所以はここにあります。拵えも江戸時代の大変しゃれた拵えが本脇差を一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。 白鞘
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出羽大掾藤原國路
江戸
初期
71.2 1.5 0.72 国路は初め国道と切り慶長十四年紀の作刀から国路を切っています。国廣門下を代表する名工です。本刀は地金板目肌に元大人しく直調の刃を焼、先で丁子刃を一文字の丁子刃の様に見事に焼き上げ、重要文化財備前国与三左衛門尉祐定を彷彿とさせる名刀です。彫も表に真の剣巻き龍と裏に八幡大菩薩の見事に彫上げて本刀に一段と華を添えています。 白鞘 特別価格
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陸奥大掾三善長道
江戸
初期
66.6 0.9 0.74 会津に生まれ後に江戸へ出て、山野勘十郎久英より刃味についての奥義を授かり、素晴しい切れ味を誇っています。本刀は地金小板目肌良く詰み、地沸良く付き、刃紋互の目小沸良く付き匂深く素晴しく冴え。本刀もぼうしが虎鉄ぼうしとなり、長曽祢興里入道虎鉄を彷彿とさせる名刀です。拵えも庄内拵で素晴しいものです。 白鞘
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