
日本刀販売・ご案内(明倫産業TOP) 》 日本刀(展示)刀剣
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※表示の価格は全て税込です。 |
| No. | 種別 | 銘文 | 時代 | 長さ(cm) | 反り | 重ね | 解説 | 証書 | 質 | 付属 | 価格 |
| 短刀 | 備前国長船祐定(正宗十哲左写) |
室町 末期 |
25.2 | 0.2 |
0.77 | (正宗十哲左写) 永正7年(1510年)500年前に作られた、備前長船祐定の筑前左写しの素晴らしい短刀です。姿やや反りの付いた、左独特の気の利いた姿を現わし、非常に上品な姿。地金板目肌良く詰み相州伝のたれ調の刃紋、素晴しく良く出来、刃中明るく冴えています。永正の祐定はかの有名な与三左衛門尉祐定の活躍期で本短刀も与三左衛門尉祐定の作でしょう。数百年の時をしっかりと大切に守られた名短刀をお楽しみ下さいませ。 |
店 | ○ | 白 | 39.8万円 | |
| 刀 | 一龍子長光 |
大正 | 63.8 | 1.8 |
0.65 | 本刀は大正から昭和にかけての有名な長光の御刀です。地金は小板目肌素晴らしくよく詰み、刃紋は互の目丁子刃元から先まで素晴らしくむらなく焼かれ大変技量の高さが現れた刀です。一龍子長光は大変人気の刀工ですが現存作少なく、あれば直ちに売れてしまうほどの人気刀工の作です。どうぞ素晴らしい名刀を、後世に伝えてやっていただき。お楽しみくださいませ。 | 店 | ○ | 拵 | 39.8万円 | |
| 脇差 | 伝兼吉(善定) |
江戸 初期 |
52.2 | 0.7 |
0.67 | 関善定兼吉寛文(1661年)頃の名脇差です。関善定派の多くは直刃を焼いて上手です。本脇差も姿堂々として、地金小板目肌良く詰み、鎬に柾肌が現われ、刃紋は直刃を良く焼いています。拵えは大変手の込んだ幕末の、鎌倉彫の一作で鞘迄も鎌倉彫を彫り、現代ではもう出来る職人もいない、大変貴重な拵えが付いています。お楽しみ下さいませ。 | ○ | 拵 | 39.8万円 | ||
| 刀 | 備前和気郷住正光作 |
現代 | 69.7 | 1.6 | 0.85 | 平井性。岡山の刀工で元陸軍受命刀匠。本刀は姿豪壮で健全無比で力強く凛とした刀です。地金板目肌素晴らしく良く詰み刃紋は肥前近江大掾藤原忠廣の様な中直刃素晴らしく明るく良く焼いています。拵えも現代拵えですが健全な拵えが付き好ましい刀です。どうぞお楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 拵 | 40万円 | |
| 脇差 | 因幡國兼賀 |
江戸 末期 |
51.9 | 1.2 |
0.78 | 浜部寿格(としのり)因幡藩工、因幡国兼賀天明五年1785年美濃守を受領して寿格と改めました。江戸には天明と寛政の2度出府し、松村昌直、鎌田魚妙に師事。因幡の池田と備前の池田の姻戚関係により長船にて備前伝も学びました。本脇差は地金が板目肌素晴らしく良く詰み直刃 沸、匂深く破綻の無い刃を素晴らしく良く焼いています。拵えも皮鞘に守られ昔のままであるのが大変貴重です。慶応元年等は後世の小沼延広の所持銘です。 | 店 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 筑紫薙刀 |
室町末期 | 42.4 | 2.2 | 0.63 | 中心がなくて鉈のような柄の付け方をした薙刀を筑紫薙刀と言います。本薙刀も室町時代の薙刀で大変貴重な薙刀です。大阪府羽曳野市の壷井八幡宮(現通法寺)にある神功皇后所持と伝承された薙刀の形も本薙刀の形です。「大友興廃記」に鉈長刀または無爪鉈長刀と有りますのは筑紫薙刀のことで大友家で盛んに使用したので、筑紫薙刀と言う名称が生まれたものです。筑紫薙刀の現存品非常に少なく是非お楽しみくださいませ。 | 店 | 白 | 47万円 | ||
| 刀 | 正宗(三原正宗作) |
室町 末期 |
65.7 | 0.9 |
0.72 | 文明1469年頃、備後三原に正宗と名乗る刀工が居ました。但し現物は大変少なく現在では大変貴重な刀です。冗談ですが、昔は家に正宗の在銘の刀が有ると行って見るとこの三原の正宗だったとの笑い話が有りましたが、正宗が余りにも有名ですので、三原を消して、正宗だけを残した刀が有ったかもしれません。但し三原正宗も有名ですが、現物を見る事が有りません。古来大変有名な貴重な三原正宗在銘の刀をお楽しみくださいませ。 | 保 | △ | 白 | 47.3万円 | |
| 短刀 | 月山 |
室町 末期 |
24.5 | 0 | 0.61 | 日本刀の草早期から始まる刀の1本として奥州月山は余りにも有名です。本短刀は時代は永正頃(1500年頃)出羽(山形県)の月山を中心として月山鍛冶が隆盛の極みを謳歌していた時の貴重な短刀です。時代がかわり、時代とともに、本州の刀に押され消耗も加わり極めて少なくなってまいりました。本刀は典型的な月山独特の綾杉肌を現しすこぶる優品で貴重な短刀です。幕末奥州月山の末裔が水心子正秀の弟子となり大阪月山の元を作った月山貞吉、月山貞一、月山貞勝、月山貞一、月山貞利5代の基となる貴重な刀を是非お楽しみください。 | 甲 | ○ | 白 | 47.3万円 | |
| 刀 | 筑前住源信国平四郎吉政 |
江戸 初期 |
70.2 | 1.4 | 0.69 | 筑前信国十二代吉貞の嫡男に生まれる。寛永1624年頃の刀工。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く付き杢が交じり細かな地にえがついています。刃紋は小にえできのたれ刃に丁子の小足が入り素晴らしく良く働いています。吉政は筑前信国派の頭領としてあまりにも有名な刀工です。筑前黒田藩のお抱え鍛冶。 | 保 | ○ | 白 | 49.8万円 | |
| 剣 | 越国魚津住康光 |
現代 | 61.9 | 0 | 1.1 | 稗田康雄、竹下祐光の門、昭和26年生まれ、新潟県魚津市在住。本剣は大変豪壮な剣で地金板目に柾肌が交じり、刃紋はのたれ刃に刃中相州伝の砂流しがしきりに現れ刃中素晴らしく覇気有る刃を焼いています。剣の製作は古来大変難しく、剣は大変貴重なものです。吉田研順師の特別注文品。古来邪悪を払うと言われる剣をお楽しみくださいませ。 | 店 | ○ | 白 | 49.8万円 | |
| 刀 脇差 |
播磨大掾藤原重高 |
江戸 初期 |
62.1 51.3 |
0.6 1 |
0.76 0.6 |
本刀は越前鍛冶の代表刀工の重高です。時代は慶長から元和1619年頃の慶長新刀です。生国は信州飯田で、関兼則門人となり、天正頃兼則の越前移住に従って移住してきました。地金は板目に柾が交じり地肌に地にえが付き、鉄色が黒ずむ気味があります。刃紋は小にえ出来ののたれ刃で匂いの深いものです。古来重高の刀は業物として武士に大変人気の刀です。後輩に有名な長曽根奥里虎鉄が現れてきます。お楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白 | 50万円 売約御礼 |
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| 刀 | 古藤島 |
南北 朝 |
70 | 2 | 0.72 | 本刀は大杢目肌がゆったりと流れあたかも南北朝期の備前長船刀工の地金を現わしています。古来の極めは備前長船兼光だったとのこと。鯰肌が顕著に表れ、におい出来の互の目刃良く整い元から先までむらなく良く焼いています。藤嶋友重は古来業物として有名で物斬れの良いので有名です。戦国大名が争って手に入れたものです。北国の刀に今は極められていますが、古い極めは備前長船兼光の名刀をお楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白 | 68.2万円 | |
| 刀 | 藩州住源美守作(珍品) |
江戸 末期 |
70.4 | 0.7 | 0.7 | 播姫臣伊勢城美守作、播州姫路白鷺城伊勢守美守作と銘を入れる姫路の武士の作った名刀です。時は幕末文久1861年頃の作です。地金は板目良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目刃に良く足が入り刃中素晴らしく明るく出来ています。幕末動乱を迎えようとしている頃、大名初め、武士も動乱に備えて武家打ち称して刀を作ったものです。本刀の前のお持ち主はジェット戦闘機F4JEのパイロットで空将の方でした。お楽しみ下さい。 | 保 | ○ | 白 | 68.2万円 | |
| 刀 | 関住秀宗作(正宗写) |
現代 | 74.2 | 2 | 0.75 | 本名松原龍平昭和5年生まれ。13代川島正秀、中田兼秀門。関住、全日本刀匠会会員新作名刀展にて数々の入選をはたす。本刀は地金を大変難しい柾目肌に鍛え覇気有る地金を鍛えています。刃紋は互の目乱れに金筋を交え相州正宗を狙い、相州伝の二筋樋を見事に切っています。大変覇気有る秀宗の名刀をお楽しみくださいませ。 |
店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 藤田独龍子継平 |
江戸 中期 |
70 | 1.4 | 0.76 | 名工近江守継平の4代目藤田与四郎。初代継平は初代越前康継の高弟として名高く本刀は4代目の有名な草書銘です。黄金鍛等の添え銘を切ったものが多く。非常に独創的な刀工でした。本刀は天明5年1785年の作です。小板目肌良く詰み、刃紋は直刃調のたれ刃を焼、拵えは当時のままの大変腕の立つ武芸者の武士の拵えと思われる、大変厚い鉄鍔を付けて、鞘は半太刀金具に革包みの拵えがこの刀に一段と華を添えています。
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保 | ○ | 白拵 | 68.3万円 | |
| 短刀 | 兼辰 |
江戸 中期 |
22.4 | 0 | 0.61 | 毛利家伝来 兼辰(かねとき)は関兼常の門人で代々続く名門の刀匠です。本短刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は互の目刃が元から先までむらなく焼かれ匂いが大変素晴らしく現われています、それを見ても大変上手な刀匠である事が分かります。幕末の合い口拵えも大変こった拵えで、鞘は一分刻みの鞘に、四分一金具に毛利家の家紋を彫り、お持ち主の高貴さがにじみ出ています。 |
丸 | ○ | 拵 | 68.3万円 | |
| 刀 | 濃州関住兼宣 |
江戸 初期 |
61 | 1.4 | 0.73 | 嘉吉1441年関徳永派の祖兼弘の子で平賀で鍛刀したので平賀関とも呼ばれています。本刀は地金板目肌素晴らしく良く詰み地金が明るく冴えています。刃紋はのたれ刃に力が有り覇気が有る刃を焼き志津風の刃を焼いて優れています。刃もたいへん明るく名刀の気位を大いに現わしています。中心の鑢は関鍛冶は鷹の羽、短刀を檜垣にするものが多いいですが、兼宣は刀も檜垣鑢をかけています。新刀期になりますと兼宣の銘を清宣とあらためて、徳永派の代表として関鍛冶の鍛冶頭を務めた名門刀工です。 | 丸 | ◎ | 拵 | 71万円 | |
| 刀 | 盛吉 |
室町 末期 |
66.6 | 2.1 | 0.7 | 天文1543年頃の筑前福岡県の金剛兵衛盛吉の貴重な名刀です。金剛兵衛一門は宝満山の山伏鍛冶であったと伝えられています。一門悉く盛の字が頭に用いられています。本刀は地金杢目肌に柾目肌が交じり、白気映りがあり刃紋中直刃にほつれが見られます。中心尻は卒塔婆型という特色ある形となっています。拵えも江戸期のひび割れ鞘に美濃の縁頭が付き、一段と盛吉の名刀を引き立てています。お楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 79万円 | |
| 刀 | 伝宝寿(日本刀の発祥の元) |
南北 朝 |
72.6 | 2.4 |
0.77 | (鎌倉末徳治頃1306年頃) 舞草派。陸奥国世界遺産平泉住。奥州の雄、宝寿の名刀です。本刀は身幅広く踏ん張りが有り腰反高、地金は板目に柾が交じって、地にえが付、地景交じり、刃紋は小乱れに丁子風の刃が交じり砂流し掛かり、刃縁にえついて匂口うるみ古雅な太刀です。初期日本刀の趣を充分現わしています。宝寿鍛冶は室町末期まで代々続く奥州きっての初期日本刀の代表刀工です。大変珍しい宝寿の名刀をお楽しみ下さい。 |
保 | ○ | 白 | 79.8万円 | |
| 刀 | 雲州住貞永作之3(島根県重要無形文化財) |
現代 | 78.8 | 1.8 | 0.52 | 重量:鞘を払い960g 備前鎌倉時代福岡一文字写互の目丁字刃素晴らしく良く出来ています。 |
店 | ◎ | 拵 | 80万円 | |
| 刀 | 忠光 |
室町 中期 |
61 | 1.8 | 0.68 | 忠光と切った作品は文明1469年から天正19年1591年の吉井川の大洪水によって長船鍛冶が壊滅的な打撃を受けるまでの120年間にわたり繁栄した名門刀工です。本刀は文明に近い初期の作品で片手打ちの打ち刀の姿で、地金は応永備前にくらべて地にえが付いて綺麗に見え鎬から乱れ映りが現れ一層価値を高めています。刃紋は忠光の独壇場の中直刃が素晴らしい技術で焼かれています。帽子も深くて小丸に返っています。初期は注文銘を切る習慣がなく、注文銘でも俗名を入れておりません。備前刀の名工忠光の素晴らしい刀をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 82万円 | |
| 刀 | 大和守源康道 |
江戸 初期 |
70.9 | 1.3 | 大和守康道は寛文頃(1661年)の美濃の名工です。明応頃1492年赤坂千手院康道の末で康綱の門人です。本刀は地金板目肌良く詰み、刃紋は直刃匂い深く素晴らしく良く出来ています。肥前国近江大掾藤原忠廣に非常に似た素晴らしい刀を作っています。 | 保 | ○ | 白 | 82万円 | ||
| 刀 | 長州住人藤原清重作 |
江戸 初期 |
70.6 | 1.5 |
0.8 | 二王派の江戸時代の寛文1658年頃の長州山口の清重の作です。大和伝鎬が高く、地金は板目肌良く詰み、家伝の直刃小沸出来の典型的な作柄です。拵えも幕末、黒笛巻き塗鞘の付いた拵えが本刀に一層華を添えています。二王清重の貴重な刀をお楽しみくださいませ。 | 丸 | ○ | 拵 | 82万円 | |
| ナギ ナタ |
出羽大掾藤原国路 | 江戸初期 | 45.6 | 2.5 | 0.65 | 堀川国廣の高弟として余りにも有名な名工。出羽大掾受領は慶長19年ごろと思われます。本刀は国廣の慶長打ちと同じく身幅広くがっしりとし豪壮で地金良く詰み焼き刃素晴らしく華麗で、にえ匂いの働き素晴らしく慶長新刀の薫り高く神々しい刀と成っています。三品帽子も見所の一つです。出羽大掾国路寛永時代壮年期の最高傑作の名刀を是非お楽しみください。 | 丸 | ◎ | 白 | 84万円 | |
| 刀 | 備州長船祐定 |
室町 末期 |
70.4 | 2.6 | 0.7 | 天文1533年頃の刀です。刀の代名詞となっている有名な備前長船祐定の名刀です。本刀は長寸で地金が板目肌良く詰み、刃紋は腰の開いた互の目丁子刃を焼き一部有名な蟹の爪のような刃を焼いています。蟹の爪の刃紋は有名ですが現存作すこぶる少なく本刀は大変貴重な名刀と言えましょう。素晴らしく迫力のある名刀となっています本刀をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 丹波守藤原照門 |
江戸 初期 |
69.7 | 0.7 | 0.71 | 関鍛冶の鍛冶頭。万治1658年頃の関を代表する刀工です。本刀は小板目良く詰み細かな地にえが付き、直刃で刃縁がほつれにえ匂いが大変深く付いています。このように反りの少ない姿を寛文新刀姿と言い、全国的に道場で竹刀剣道が流行り、技として突き技が流行ったためにこのような棒のような姿の刀が多く作られました。江戸の虎鉄、大阪の真改、助廣も皆このような姿となっています。 関鍛冶頭領の照門の名刀をお楽しみください。 |
保 | ○ | 白拵 | 89万円 | |
| 脇差 | 備前国住長船忠光彦兵衛尉作之 |
室町 末期 |
58.3 | 1.8 | 0.62 | 本刀は永正元年1504年(506年前)の作品で片手打ちの打ち刀の姿で、地金は応永備前にくらべて地にえが付いて綺麗に見え元から乱れ映りが現れ一層価値を高めています。刃紋は忠光の独壇場の中直刃が素晴らしい技術で焼かれています。帽子も深くて小丸に返っています。彦兵衛尉忠光の俗名入りの刀は大変貴重な刀です備前刀の名工忠光の素晴らしい刀をお楽しみください。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 89万円 | |
| 刀 | 南都住金房兵衛尉政次 | 室町後期 | 64.3 | 1.8 | 0.67 | 天正頃(1573年)433年前大和奈 良に古刀期末期を飾る金房一派が繁栄する。政次は代表刀工です。身幅広く切っ先が伸び重ね厚く地金小板目肌に柾が交じり刃紋は広直刃に互の目足しきりに入り、葉がしきりに交じり移りが鎬よりしきりにかかり備前長船清光に見える素晴らしい出来。政次の刀はおおにして備前長船の名工に見える位の素晴らしい刀になっています。本刀も鑑定会に出すと、備前長船清光の札が入るぐらいの名刀です。政次の名刀をお楽しみください。 | 会 | ◎ | 白 | 89万円 | |
| 刀 | 丹後守藤原重常 越前於豊原 |
江戸 初期 |
69.4 | 1.2 | 0.67 | 初代重常、寛文頃1661年本国は播州北宅庄。越前丸岡に住した兼常の門人となりました。後に越前豊原に住み、後加州加賀に住みました。本刀は板目に柾肌が交じり、刃紋は互の目刃に尖り刃が交じり覇気有る刀を作っています。拵えは鞘は青貝を交えた変わり鞘で、縁頭は鉄地梅の木を現わし、鍔は鉄地丸に四目の家紋透かし好ましい格調ある拵えもお楽しみ下さい。 | 丸 | ○ | 白拵 | 89万円 | |
| 刀 | 大典太(国宝写) |
68.2 | 2.8 | 0.92 | (三池典太光世)正光造 徳川家康の佩刀で、久能山東照宮の神宝とされている「ソハヤノツルギウツスナリ」と中心に切った三池典太光世は余りにも有名です。本太刀は讃岐国住源正光刀工作。藤沢良吉。本刀は国宝として有名な大典太を素晴らしく良く写した名刀です。徳川家康が臨終に際し本刀を徳川家を守る守り刀として、西に向かって刃を立てて置くようにと、遺言をした事は余りにも有名な話です。是非お楽しみ下さいませ。 | 店 | 白 | 89.2万円 | |||
| 刀 | 大和大掾藤原氏繁 |
江戸 中期 |
68.4 | 1.2 | 0.73 | 播州姫路藩藩工。三木新兵衛。元文1736年頃藩主の命により氏重より氏繁に改銘。氏繁の初代となりました。本刀は小烏丸造の姿で地金は小板目肌良く詰み大のたれ乱れ刃に砂流や金筋が良く働き相州伝を見事に焼き上げています。藩主より元文銀五定を賜った記念として子孫代々に伝える刀を造ったとの貴重な添え銘が有ります。貴重な氏繁の刀をお楽しみください。 | 店 | ◎ | 拵 | 92万円 | |
| 短刀 | 景光 |
室町 初期 |
22.6 | 0 | 0.52 | 本短刀は昔は備前長船景光とされていたものです。姿は内反りの古い短刀姿で地金は小板目肌良く詰み、映りが現われ、刃紋は互の目丁子刃を良く焼いています。互の目の頭が丸くなるところが加州景光と極められたものでしょう。時代は応永頃1394年と古く貴重な短刀です。拵えが素晴しく、目貫翁と翁那の高砂の図、頭は翁の図、縁は宝袋の図、鍔は元気に活き活きと暮らすのは長命の元であるとの意味の、長命保生の文字を高彫にし、小柄はお目出度い鶴の図、鞘は高蒔絵で長命保生と宝袋に熊手と箒をあしらい お目出度い高砂の図を現わしています。全てが大変お目出度い拵えとなっています。お楽しみくださいませ。 | 保 | ◎ | 白拵 | 92.4万円 | |
| 短刀 | 於大和国月山源貞輝作 |
現代 | 23.1 | 0 |
0.64 | (人間国宝月山貞一) 皇紀二千六百五年八月吉日 人間国宝月山貞一刀匠の貞輝銘は本当に貴重な銘で、現存作は大変少なく、数口のみ確認されているのみです。本短刀も名工備前長船景光を写した名短刀です。地金小板目肌良く詰み、刃紋は互の目刃にところどころ尖り刃を交え、片落ち互の目刃を交え大変覇気有る短刀を鍛えています。子息月山貞利刀匠の鞘書も貴重です。お楽しみ下さい。 |
保 | ◎ | 白 | 99.8万円 | |
| 脇差 | 丹波守吉道(大阪初代) |
江戸 初期 |
51.4 | 1.3 | 0.71 | 本刀は京丹波守吉道初代の次男で三品金右衛門慶長三年生まれ(1598年)正保年中に丹波守受領大坂に移住大阪丹波の祖となり代々非常に栄える元を築きました。尊敬の念を持ち祖父丹波と尊称されています。本刀は父京初代丹波守吉道が考案した簾刃を完成させて当時の和泉守国貞や河内守国助と共に大坂新刀の元を築いた名工です。現在この簾刃は再現すること不可能な刃紋でどのようにして焼いたか現在も謎のままの、丹波守吉道家の家伝の刃紋です。どうぞお楽しみください。 | 特 | ◎ | 白拵 | 103万円 | |
| 刀 脇差 |
靖国刀匠 武蔵国府中住靖興作 |
現代 | 75.7 56 |
2 1.4 |
0.8 0.8 |
昭和8年7月荒木貞夫陸軍大臣は有事に際しての軍刀を整備するために、財団法人日本刀鍛錬会を東京九段、靖国神社内に組織しました。以後第二次世界大戦終結までの12年間に、8100口の日本刀が誕生いたしました。ここで製作された日本刀を「靖国刀」と呼び従事した刀匠を「靖国刀匠」と言います。本刀は靖興刀匠58歳の快心作備前伝福岡一文字写し互の目丁子刃素晴しく良く出来ています。 | 店 | ◎ | 白 | 115万円 | |
| 刀 | 源道義 |
江戸 末期 |
74.7 | 1.4 | 0.85 | 弁慶剣吾藤原正秀帯之 元治(1864年)頃の尾張の刀工です。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み刃紋は互の目のたれ刃を覇気ある気合いで素晴らしく明るく焼き上げています。幕末風雲を告げる時、藤原正秀という武士の自分も武蔵坊弁慶のような立派な武人にあやかりたいとの希望を込めた名刀です。お楽しみ下さいませ。 |
丸 | ○ | 白拵 | 116万円 | |
| 太刀 | 吉原国家荘二合作 |
現代 | 75.1 | 2.6 |
0.84 | 吉原荘二33歳の時亡父国家を偲び合作刀として世に出した作が、本人によると3口位有るとの事で、大変貴重な太刀となっております。父吉原国家は笠間繁継に師事。後世吉原義人、吉原荘二と言う現代刀工の最高峰の兄弟を育てた誉れの刀工です。本太刀はもちろん吉原荘二の作となる。鎌倉時代の備前福岡一文字写の姿堂々とし、地金小板目肌良く詰み 吉原丁子と言われる、華やかな丁子刃を見事に焼き上げています。貴重な太刀をお楽しみくださいませ。 | 店 | ◎ | 白 | 126万円 | |
| 刀 | 小反 |
南北 朝 |
67.3 | 2.4 | 0.53 | 南北朝時代の至徳(1384年)頃の備前長船小反派太刀です。反り高く堂々とした太刀姿美しく地金は小板目肌素晴しく良く鍛えられています。刃紋は広狭の有る素晴しく覇気の有る刃を焼き上げています。南北朝時代の良き働きを現わしています。小反派は南北朝時代長船正系兼光一派に属さない刀工群を言いますが、どれもこれも出来素晴らしく、本太刀も兼光に負けない位良く出来ております。625年前の太刀をお楽しみ下さい。中心尻の銘は判読出来ません。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 126万円 | |
| 刀 | 大和守藤原金蔵 |
江戸 初期 |
70.9 | 1.8 |
0.74 | 関の寛文1658年頃の刀工。後江戸へ出て刀を鍛えました。本刀は地金小板目肌が素晴しく良く詰み、地沸が厚く付く素晴らしい地金を鍛え、刃紋は直刃調のたれ刃、沸、匂深く、あたかも名工肥前国近江大掾忠廣を見るがごとくの直刃を素晴らしく良く焼いています。金蔵の最高傑作品と思われます。長く紀州徳川家の家老朝日奈家の蔵刀として大切にされていました。拵えも今では刀てい作ることのできない黒皮包み鞘刀拵えが大変貴重な拵えで、本刀に一段と華を添えています。 | 保 | ○ | 白拵 | 126万円 | |
| 刀 | 佐渡守国富元嘉作 |
江戸 中期 |
77.3 | 0.6 |
0.86 | 長州藩の刀工。元禄時代の名工です。本刀は大和手掻写しの地金小板目肌良く詰み、直刃小乱れ二重刃、食い違い刃が随所に入り、あたかも手?包永を見るような素晴らしい国富の最高傑作の名刀です。山口県長州の刀工は現存作大変少なく、貴重な名品です。是非お楽しみ下さいませ。 | 店 | ◎ | 拵 | 126万円 | |
| 刀 | 菊紋 洛陽信濃守藤原信吉造之 平安城住信勝以南蛮鉄打之 |
江戸 初期 |
68.8 | 1.1 | 0.78 | 京三品系の頭領である信濃守信吉の明暦二年(1656年)今から351年前の裏銘ある貴重な名刀です。当時素晴らしく高価な南蛮鉄を持って弟子の平安城信勝が地金を鍛え師匠の信濃守信吉が総監督をし焼入れを明暦二年にして特別注文で造られた名刀です。平安城信勝は信吉の良き協力者であります。差し表はのたれ刃、差し裏は、互の目刃と表裏違う国宝鎌倉時代の名工大和包永写しの難しい、児の手柏の刃を焼いています。素晴らしい名刀です。 | 得能一男 | ◎ | 白拵 | 126.6万円 | |
| 刀 | 武蔵大掾藤原忠廣(肥前國忠吉初代)(本阿弥光孫折紙)(備前長船与三左衛門尉祐定写) |
江戸 初期 |
71.6 | 1.9 |
0.67 | 初代忠吉は元和十年(1624年)(寛永元年)再び上洛して武蔵大掾を受領し忠吉から忠廣に改め、同時に源姓から藤原姓に替えています。この刀は武蔵大掾銘になった後期作です。小板目肌がよくつんで、地にえが微塵に厚くついた肥前刀特有のいわゆる米糠肌状の鍛えに、元を焼き幅の広い互の目刃を焼き先は直刃沸匂いが深く、小にえがよくついて、備前長船与三左衛門尉祐定を写した、大変覇気有る名刀です。初代忠廣の名刀を是非お楽しみ下さいませ。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 157万円 | |
| 刀 | 出雲大掾藤原吉武 業物 |
江戸 初期 |
71.2 | 1.3 |
0.77 | 堀川国廣門堀川国武の子、三条吉則の末裔。延宝1673年頃山城の刀工です。後に江戸へ移住。本刀は姿堂々と、地金は小板目肌よく詰み杢肌が交じり、刃紋は小沸出来の直刃を素晴らしく明るく焼きいれております。あたかも直刃の名工肥前国近江大掾藤原忠廣に見間違うほどの素晴らしい名刀です。拵えも江戸期の竹に虎の一作金具が本刀を一段と華やかに飾っています。良く切れることで有名な吉武の名品をお楽しみくださいませ。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 157万円 | |
| 刀 | 備前国住長船七兵衛尉祐定 | 室町中期 | 70.3 | 1.8 | 0.7 | 寛永時代(1624年)の備前長船祐定です。永正(1504年)与三左衛門尉祐定の5代目です。天正19年(1591年)吉井川大洪水でかくも刀剣王国を誇った備前鍛冶も壊滅し本刀の製作者七兵衛尉祐定が後世に名作を残す貴重な刀工の一人として残った。本刀も古刀期そのままの姿腰反り高く地金板目肌良く詰み刃紋匂い本位の柔らかい直刃を焼き刃中良く働いて映りも地に良く現れ備前刀の価値を遺憾なく表しています。 | 丸 | ○ | 白拵 | 158万円 | |
| 刀 | 伝則長 |
室町 初期 |
90.8 | 2.1 | 0.67 | 象頭山麓中條新一所持之(象頭山は香川県金毘羅さんの山) 尻懸則長は大和尻懸派の祖。本刀は地金板目に良く鍛えられて、刃紋直刃に小乱れを交えて刃中大変明るく焼かれています。象頭山は金毘羅宮が祭られている山です。切りつけ銘の中條新一氏は不明なれど今後の研究にゆだねます。拵えも幕末の半太刀拵えが一層本刀に華を添えています。お楽しみ下さい。 |
丸 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 出羽大掾藤原国(路) |
江戸 初期 |
71.5 | 1.2 | 0.71 | 堀川国廣の高弟として余りにも有名な名工。出羽大掾受領は慶長19年ごろと思われます。本刀は国廣の慶長打ちと同じく身幅広くがっしりとし豪壮で地金良く詰み焼き刃素晴らしく華麗で、にえ匂いの働き素晴らしく慶長新刀の薫り高く神々しい刀と成っています。三品帽子も見所の一つです。出羽大掾国路寛永時代壮年期の最高傑作の名刀を是非お楽しみください。 | 保 | ◎ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 皇紀二千六百三年月山貞勝謹作 |
現代 | 68.6 | 1.9 | 0.8 | 大阪名人3代目月山貞勝の孫六兼元伝の三本杉の刃紋の素晴らしい名刀です。帝室技芸員の父貞一の代作者として活躍、元帥刀の製作には必ずこの貞勝にご下命があるほどの大正、昭和の名工です。本刀は月山貞勝として大変珍しい孫六兼元写の三本杉を焼いた名刀です。鍛え頭が丸い互の目尖り刃を焼き素晴らしく良く出来ています。大阪 月山名人貞勝刀匠の名作をお楽しみください。 |
店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 太刀 | 大隅俊平作(人間国宝) |
現代 | 64.8 | 1.8 |
0.69 | 昭和7年群馬県に生まれる昭和27年宮入昭平刀匠に入門。師匠からは主として山城伝、来国俊の鍛法を習得し、その後も平安時代から鎌倉時代の古名刀を手本として、後備中青江の直刃一筋に研究研鑚に努めている。新作名刀展において最高賞の正宗賞を昭和49年第10回、昭和51年第12回、昭和53年第14回、と連続受賞本刀は正宗賞を取った昭和49年作。気力充実した42歳の代表作品です。鎌倉時代山城来国俊を忠実に写した名刀です。来国俊を凌ぐ出来栄えを現しています。 | 保 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 肥後延寿太郎宗廣(同田貫) |
78.5 | 1.8 |
0.92 | 弘化二年三月日 有名な同田貫の名刀です。宗廣は同田貫上野介十代の孫と称する同田貫の末尾を飾る名工です。刀剣愛好家は必ず1口は持ちたいと思う同田貫の刀です。本刀は宗廣の豪快な代表作です。互の目丁子刃におい深く覇気有る刃を焼き、典型的な宗廣の名刀です。同田貫派の刀は戦後一番出世した刀の一本です。古来有名な同田貫の名刀をお楽しみください。 |
丸 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 固山宗兵衛宗次作之(本多家伝来) |
江戸 末期 |
70.5 | 1.8 | 0.78 | 天保15年は弘化元年作(1844年)新々刀期における備前伝刀工中の第一人者固山宗次の素晴らしい名刀です。地金小板目に小杢目肌が交じり良く詰んで美しく、刃紋は宗次丁子と言われ覇気有る明るい丁子刃を焼き、一文字写しの互の目丁子刃を素晴らしく明るくむらなく焼き、固山宗次の最高傑作品となっています。拵えも 本多家の立ち葵の家紋の太刀金具が付き。一層本刀に華を添えています。お楽しみ下さいませ。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備州国住勝光作 |
室町 中期 |
59.3 | 1.6 | 0.72 | 備前長船の代表名工の一人、素晴らしく有名な右京亮勝光の文明6年(1474年)535年前の作です。勝光は祐光の長男で左京進宗光の兄です。文明2年よりの作刀が有ります。本刀は小板目肌に杢が交じり素晴らしく良く詰み、直刃を焼いている所は特別注文品でしょう。拵えも肥後拵え素晴らしく、幕藩時代は高級武士の腰を飾ったものでしょう。長船鍛冶の代表者勝光の刀をお楽しみ下さいませ。 | 特 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 肥前国忠吉 |
江戸 初期 |
71.5 | 2.4 |
0.81 | (肥前刀大鑑所載) (肥前初代五字忠吉) 本刀は元和六年1620年の作です。五字忠吉としては最も最末期の資料的にも大変貴重な名刀です。身幅広く、重ね厚く、鎬高く中切っ先延び心で豪壮な慶長新刀姿。地金板目肌所々地斑が交じり、地沸付いて良く出来ています。刃紋は備前長船長光を狙って互の目が連なり、足、葉が入り、沸が付き砂流しがかかり大変覇気有る刃を焼いて居ります。名工肥前国忠吉をお楽しみください。 |
特 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 肥前国陸奥守藤原忠吉(三代陸奧守忠吉)(幻の名刀)(最上大業物) |
江戸 初期 |
76.1 | 1.2 |
0.68 | 肥前国陸奥守忠吉は製作本数大変少なく幻の名刀と言われています。江戸では虎鉄が活躍し、大阪では助廣、真改の両横綱が活躍しており、肥前ではこの陸奥守忠吉が活躍し、江戸時代の刀の黄金期を迎えています。ただこの陸奥守忠吉は父、近江大掾忠廣の代作をしていたためと、天才刀工で有るがゆえに、鍛刀数が非常に少ないため昔から幻の名刀と言われています。本刀も豪壮で地金素晴らしくよく詰み、刃紋は直刃を明るくむらなく豪快に焼き上げいます。本刀は陸奥守任官した近い時期にのみ有る、藤原姓を名乗る資料的にも大変貴重な名刀です。お楽しみくださいませ。 | 特 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 脇差 | 近江大掾藤原忠廣 |
江戸 初期 |
51 | 0.9 |
0.72 | 刀の代名詞と言われるぐらい名刀中の名刀肥前国忠吉の嫡男近江大掾藤原忠廣の脇差です。姿素晴らしく美しく、地金小杢目肌素晴らしく良く詰み、所謂小糠肌で刃紋は互の目丁子刃足が良く入り覇気が有ります。備前福岡一文字を狙った素晴しい脇差です。素晴らしく明るく冴えた刃を焼きあげています。中心の鑢目は勝手上がりとなり、本刀は三代陸奥守忠吉の代作代銘のすこぶる貴重な名脇差と言えます。拵えも長常の銘入った豪華な縁頭、始め豪華な拵えが一段と本脇差に華を添えています。 | 店 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 肥前國住近江大掾藤原忠廣 |
江戸 初期 |
68.6 | 1.9 |
0.68 | 肥前国忠吉の総領鍛冶として刀剣界の超有名工。本刀は身幅重ね充分に適度に反って上品な姿。地金は小板目肌深く錬れて詰み、地景太く働き、地沸ついて潤いのある小糠肌となり。中直刃の刃紋は小にえ均一に付いて匂い口柔らかく刃境に細かな金筋、砂流しかかり、刃中匂いで透明に澄む。拵えは鞘は瑠璃色鞘に、縁頭赤銅魚子地に土筆の図、目貫土筆の図。鍔鉄地人物、梅木にご来光の図。高価な拵えが一層本当に華を添えています。お楽しみください。 | 店 | ○ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 越後国義光作(大野義光) |
現代 | 76.1 | 2 |
0.84 | 大野義光刀匠は現代刀工の中で最高の人気刀工の一人です。本太刀は鎌倉時代の備前福岡一文字写しの素晴らしい名刀です。大野義光刀匠が新作名刀展のコンクールで毎年高松宮賞を連続で取るきっかけになった太刀です。地金は小板目肌良く詰み、刃紋は重花丁子を見事に焼あげ、見事な大野義光ワールドを世の中に広く発表した代表作品です。 | 店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 不壊玉人吉光(剣巻き龍の欄間透かし彫) |
現代 | 76 | 2 |
0.86 | 岩手県奥州御所住安本吉光刀匠の素晴らしく豪壮な太刀です。吉光刀匠は人間国宝宮入昭平刀匠の弟子です。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は互の目刃素晴しく良く焼けています。特に欄間透かしの剣巻き龍はいかにも今にも天に昇る勢いを感じさせる素晴らしい彫が一段と本刀を華やかに飾っています。 | 店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 九州肥後同田貫(正国) |
室町 末期 |
65 | 1.7 |
0.82 | 小山左馬介、同田貫上野介、初銘国勝と切り後、加藤清正より正の字を賜り正国とあらためる。本刀は同田貫の刀として古来より余りにも有名な名刀ですが、残念ながら同田貫の刀は殆んど現存作なく貴重な名刀です。正の字の一のみ判読できます。天正頃の体配で身幅広く重ね厚く切っ先伸びて豪壮な姿を現し板目が流れ互の目小乱れ刃を焼き金筋砂流しを盛んに刃中に交えその鋭利さを持って賞玩されています。いかにも業物として名高い名品。萬屋金之助の子連れ狼での刀としてあまりにも有名です。同田貫の貴重な名刀をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 剣 | 常遠 (古青江) |
鎌倉 初期 |
25 | 0 |
0.54 | 常遠は鎌倉初期元暦頃(1184年)(827年前)の古青江の刀匠。妹尾鍛冶の祖であり正恒の兄と言われる則高の子と言う。本剣は常遠在銘の大変貴重な古剣です。姿大変古い剣の姿をし。地金は小板目肌良く詰み、冴えた地金所々に時代の大肌が現われ。刃紋はのたれ刃ちじに乱れ明るく冴えています。平安末期から鎌倉初期の古青江の剣は大変貴重です。殆ど在銘の無い常遠の古剣をお楽しみください。 | 丸 | ○ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 濃州住千手院道永 |
室町 中期 |
61.4 | 1.6 |
0.65 | (光山押形所載) 道永は文明1469年頃の刀匠。父は赤坂千手院の祖国長です。本刀は有名な本阿弥光山著「光山押形」に載せられた、古来から有名な刀です。光山押形は古来 徳川将軍家所蔵の刀剣を主として載せています。光山押形所載の刀は現在実在刀大変少なく、大変貴重な刀です。本刀は地金板目肌に柾肌が交じり、互の目に沸が絡み大変良く出来た刀です。古来赤坂千手院の在銘刀すこぶる少なく歴史あふれる名刀です。拵えも江戸期の美濃の金具、鞘は印ろう刻み朱塗鞘の付いた大変貴重な拵えが本刀に一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。 |
特 | ○ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 恭奉 国命 井上奇峯造(井上真改子)(井上真改大鑑所載) |
江戸 初期 |
76 | 1.8 |
0.74 | 菊紋 寛文十三年八月日 井上奇峯は井上真改の子良忠の入道銘と今迄言われてきましたが、本寛文十三年銘の本刀が有る為に年齢的に良忠の異母兄ではないか、との推論が一部でなされて良忠と奇峯は別人との証の刀ではないだろうかとなっております。井上真改研究には無くてはならない貴重な刀です。本刀は寛文13年(1673年)は9月に延宝元年になりますが井上真改は43歳、国命と言う事は本国日向伊東家からの命により奇峯が造った刀です。井上真改家は代々日向伊東家で150石を賜る武士の為、本国日向に帰り武士になった為に作刀が大変少なく本刀は大変貴重な刀です。姿形鍛え、全て井上真改に似たものです。 |
丸 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 阿波守在吉 | 安土桃山 | 68.1 | 1.3 | 0.7 | 堀川国廣門下でも一番古い弟子で国廣の代作者。重要美術品の長義写しの刀は国廣の長義写しの山姥切りの刀と殆んど同作。国廣のそばに居たことは明白です。国廣の代作者の為、阿波守在吉銘の刀はこの刀を入れて2口今回この刀の新発見で3口。薙刀短刀全部合わせても10口も現存していない貴重な刀です。本刀は切っ先の伸びた反りの浅い慶長新刀の姿で地金板目に肌立ち心ざんぐり肌で地にえ良く付き、刃紋はのたれに互の目交じり小にえよく付き足が入り帽子は焼きずめて堀川国廣の名刀を髣髴とさせる素晴らしい出来です。国廣が山伏となり漂泊中付き従った弟子阿波守在吉は松尾芭蕉と弟子の曽らとに称えられています。 | 特 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 兼元(まご六兼元) |
室町 末期 |
63.4 | 2.2 |
0.54 | 兼元は末関鍛冶を代表する名工です。本刀は大変貴重な特別注文品。身幅やや広めで、重ねが心持薄目になり、平肉がつかず、地金は小板目に柾が交じって明るくさえ、地にえみじんにつき、白けうつり立つ。刃紋は三本杉を主調としていますが、行草に乱れ変化があり小にえついて砂流しかかり,三本杉が不規則になっています。銘は大きくて勢いがあり、角張った直線的な典型的な銘を切って孫六の典型的な銘となっております。最上大業物。 | 保 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 加賀国住正峯於傘笠亭作之(人間国宝) |
現代 | 76 | 2.8 |
0.89 | 隅谷正峯刀匠は昭和56年60歳で人間国宝に指定されました。昭和40年、昭和41年、昭和49年と最高栄誉である正宗賞を受賞、本太刀は隅谷正峯刀匠の最高の作品が出来ていた45歳の時の作品です。鎌倉時代の堂々とした太刀姿凛として、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は力強い互の目丁子刃素晴しくむらなく格調高く焼いています。人間国宝隅谷正峯刀匠の貴重な太刀をお楽しみください。 | 店 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 大慶直胤 (花押)(郷義弘写) 江戸打 |
江戸 | 43 | 0.8 |
0.6 | 幕末の最上作直胤の江戸打の貴重な脇差です。江戸を大城下と現わして江戸の誇りを天下に示しています。本脇差は姿素晴しく良く、地金板目肌良く詰み、刃紋はのたれ刃に互の目を交え刃中素晴らしく明るく相州伝の郷義弘を狙った名脇差です。有名な大慶直胤をお楽しみくださいませ。 | 特 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 脇差 | 武蔵大掾藤原忠廣 |
江戸 初期 |
40.4 | 1.4 |
0.92 | 初代忠吉は元和十年(1624年)(寛永元年)再び上洛して武蔵大掾を受領し忠吉から忠廣に改め、同時に源姓から藤原姓に替えています。この脇差は寛永元年から寛永二年二月の武蔵大掾銘になった初期作です。小板目肌がよくつんで、地にえが微塵に厚くついた肥前刀特有のいわゆる米糠肌状の鍛えに、焼き幅の広い互の目刃を焼き沸匂いが深く、小にえがよくついて、備前長船長義を写した、大変覇気有る名脇差です。初代忠廣の名刀を是非お楽しみ下さいませ。 | 特 | ☆ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 脇差 |
丹波守吉道 大阪初代 | 江戸初期 | 73.5 54.2 |
1.5 0.96 |
0.7 0.65 |
本刀は京丹波守吉道初代の次男で三品金右衛門慶長三年生まれ(1598年)正保年中に丹波守受領大坂に移住大坂丹波の祖となり代々非常に栄える元を築きました。尊敬の念を持ち祖父丹波と尊称されています。本刀は父京初代丹波守吉道が考案した簾刃を完成させて当時の和泉守国貞や河内守国助とともに大坂新刀の元を築いた名工です。本大小は昭和47年と昭和49年に昭和名物帳に登載されています。お楽しみ下さい。 | 保 特 |
◎ ◎ |
白 白 |
御相談 | |
| 脇差 | 井上真改 |
江戸 初期 |
53.6 | 1.2 |
0.72 | 菊紋延宝九年八月日 鎬造り庵棟で反り浅く中切っ先、地金小板目肌非常に良く詰み地にえ細かに良く詰み地景良く現れています。刃紋は相州正宗写。大互の目乱れ。沸が大変暴れて素晴らしい、大変覇気有る刃を焼いています。地景の入った地金、にえの良く付いた乱れ刃に激しい金筋を交えた明るい刃文は相州伝の奥義を極めています。大坂正宗と称された所以はここにあります。拵えも江戸時代の大変しゃれた拵えが本脇差を一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。 |
丸 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 脇差 | 河内守藤原国助(初代) |
室町 末期 |
39.9 | 0.9 |
0.88 | 生まれは三重県伊勢亀山で、山城の堀川国廣の門に入り後、和泉守国貞とともに大坂に移住、大坂新刀の基となる。本刀は小板目良く詰んで細かな地にえがついた大坂地金で刃紋は志津写の互の目丁子刃匂い深く小にえの良く付いた素晴らしく明るい刃を焼いています。2代は中河内、弟子にソボロ助廣がおり、その子供が津田越前守助廣で初代国助が居たから大坂新刀が栄えたものです。但し初代河内守藤原国助の現存作非常に少なく本脇差は貴重な名刀です。 | 保 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 脇差 | 村正 |
室町 末期 |
31.5 | 0.2 |
0.48 | 妖刀の名で世界的に有名な村正の脇差です。本脇差は地金すこぶる小板目肌つみ刃紋表裏揃った大互の目刃に三本杉の刃を交え、刃先は先につけぬける村正独特の焼き刃を焼き大変覇気があります。村正は伊勢の刀工、徳川家にあだ名す刀ということで、江戸期は徳川家に遠慮して本脇差の様に正の字を読みずらくしています。徳川幕府では特に忌み嫌った刀ですが有栖川親王が戊辰戦争の時に東征軍総大将になり、徳川幕府を打ち倒すとの意味を持ち、その時の佩刀が村正の刀で有ったことは、大変有名なお話です。 村正の大変少ない在銘の大変貴重な脇差をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 太刀 | 尾嵜長門介天龍子正隆 |
江戸 末期 |
71 | 2 | 0.73 | 尾崎助隆の孫。千種有功卿の相手鍛冶大坂住、後に京都に移住。本刀は地金小板目肌素晴しく良く詰み、刃紋は菊花丁子刃を素晴しく見事に焼き上げています。安政三年1856年大坂に於いて試し切りをして本刀の素晴しい切れ味を証明致しております。正隆の快心作をお楽しみください。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 短刀 | 平安城長吉(村正の師) |
室町 末期 |
23 | 0.45 | 0.43 | 永正(1504年)三条吉則の子と言い、長吉の名跡を継。文亀(1501年)頃三河、伊勢、相州に駐槌しており、伊勢で村正を指導、本阿弥家では村正の師としています。相州伝のたなご腹の中心や刃紋に 村正への影響が顕著です。本短刀は地金板目肌に柾肌がながれ、刃紋は大互の目刃表裏揃い金筋が現われ、谷が刃先に抜けそうな大変働きの多い、村正への刃の特徴を現わし、皆焼刃を焼き大胆な大変迫力のある刃を焼き上げた名短刀です。平安城長吉の作品非常に少なく、その中でも最高傑作品の名品をお楽しみくださいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 泰龍斎宗寛造之 |
江戸 末期 |
73.3 | 1.5 | 0.8 | 文政初年奥州白河に大野平蔵の子として生まれる。嘉永4年頃33歳の時に江戸に上がり固山宗次に入門。本刀は宗寛47歳の脂の乗り切った時の名品です。嘉永初年下総古河藩工となります。地金は板目肌素晴らしく良く詰み、逆丁子刃頭が揃い長い足良く入り刃中素晴しく明るく、宗寛独特の刃を焼いて覇気あり破綻が無い。本刀は地刃素晴らしく良く冴えて師固山宗次を凌ぐ名刀です。貴重な泰龍斎宗寛の名刀をお楽しみください。 | 特 | ☆ | 白 | 特別価格 御相談 |
|
| 刀 | 出羽大掾藤原國路 |
江戸 初期 |
71.2 | 1.5 | 0.72 | 国路は初め国道と切り慶長十四年紀の作刀から国路を切っています。国廣門下を代表する名工です。本刀は地金板目肌に元大人しく直調の刃を焼、先で丁子刃を一文字の丁子刃の様に見事に焼き上げ、重要文化財備前国与三左衛門尉祐定を彷彿とさせる名刀です。彫も表に真の剣巻き龍と裏に八幡大菩薩の見事に彫上げて本刀に一段と華を添えています。 | 丸 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
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| 薙刀 | 阿波守在吉 |
江戸 初期 |
47 | 1.8 | 0.98 | 堀川国廣門下でも一番古い弟子で国廣の代作者。重要美術品の長義写しの刀は国廣の長義写しの山姥切りの刀と殆んど同作。国廣のそばに居たことは明白です。国廣の代作者の為、阿波守在吉銘の薙刀はこの薙刀を入れて2口今回この刀の新発見で3口。薙刀短刀全部合わせても 10口も現存していない貴重な薙刀です。本刀は切っ先の伸びた反りの深い慶長新刀の姿で地金板目に肌立ち心ざんぐり肌で地にえ良く付き、刃紋はのたれに互の目交じり小にえよく付き足が入り帽子は小丸。堀川国廣の名刀を髣髴とさせる素晴らしい出来です。国廣が山伏となり漂泊中付き従った弟子阿波守在吉は松尾芭蕉と弟子の曽らとに称えられています。 | 特 | ◎ | 白 | 御相談 | |
| 刀 | 陸奥大掾三善長道 |
江戸 末期 |
66.6 | 0.9 | 0.74 | 会津に生まれ後に江戸へ出て、山野勘十郎久英より刃味についての奥義を授かり、素晴しい切れ味を誇っています。本刀は地金小板目肌良く詰み、地沸良く付き、刃紋互の目小沸良く付き匂深く素晴しく冴え。本刀もぼうしが虎鉄ぼうしとなり、長曽祢興里入道虎鉄を彷彿とさせる名刀です。拵えも庄内拵で素晴しいものです。 | 保 | ◎ | 白拵 | 御相談 |
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