
日本刀販売・ご案内(明倫産業TOP) 》 日本刀(展示)刀剣
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※表示の価格は全て税込です。 |
| No. | 種別 | 銘文 | 時代 | 長さ(cm) | 反り | 重ね | 解説 | 証書 | 質 | 付属 | 価格 |
| 飾 太刀 |
明治 | 明治時代の鹿鳴館時代には西洋に追い付け追い越せとばかりに、西洋の豪華な服装をまねて大礼服を作り、鹿鳴館にて毎夜外国の要人を招いてダンス舞踏会が開かれていました。勅任官(天皇に直接お目にかかれる地位の人)は大礼服に儀礼刀を差しているのが正式な服装で、さまざまな儀式や御祭典では大礼服と儀礼刀を差すのが正装でした。ただし一般人は持つことが出来なかったのがこの儀礼刀です。このような大変貴重な豪華な儀礼刀をお楽しみくださいませ。 | 店 | ○ | 35万円 | ||||||
| 脇差 | 伝備前長船盛光 |
室町 初期 |
34.7 | 0.3 | 0.57 | 応永1400年頃の脇差です。本脇差は姿平造りの大変姿の良い応永備前の姿を現わし、表裏に棒樋を掻き、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み刃に添って棒映りが現れ、刃紋はやや腰の開いた互の目丁子刃素晴らしく良く焼けています。帽子は典型的なロウソクのような先が尖った帽子を焼きどこからどこまで典型的な応永備前の盛光、康光、師光の応永の三光と称される名脇差です。この平造の脇差が大名の大小の小に好まれて入れられたのもよくわかります。 | 店 | ○ | 白 | 35万円 | |
| 脇差 | 播磨大掾藤原重高 |
江戸 初期 |
53.3 | 1.4 | 0.71 | 生国は信州飯田で関兼則門人となり天正頃兼則の越前移住に従って越前に移住。本脇差は名人重高二代寛永ごろの作品です。地金は板目肌良く詰み地にえが良く付き、鉄色がやや黒ずみ、越前地金となっています。刃紋は小にえ出来ののたれ互の目刃素晴らしく明るく良く出来ています。重高は脈々と十一代嘉永まで続く名門刀工です。有名な越前播磨大掾重高の名脇差をお楽しみくださいませ。 | 丸 | ○ | 拵 | 35万円 | |
| 軍刀 | 伝家助(永享備前長船家助) |
室町 中期 |
67.2 | 2.2 | 0.75 | 昭和初期のサーベル型軍刀に入れられた、地金小板目肌良く詰み映りが元より先まで鎬筋に鮮明に表れ、品格ある地金を作っています。刃紋は互の目の刃が良く焼けて品格高く格調高い刀となっています。サーベル型軍刀は明治時代から作られ昭和13年まで将校用として活躍したものです。家宝の家伝来の刀を軍刀にして出征したものです。日清、日露戦争にも大活躍した旧サーベル型軍刀をお楽しみください。 | 店 | ○ | 拵 | 38万円 | |
| 刀 | 備州長船家助 |
室町 中期 |
63.6 | 1.8 | 0.43 | 家助は大宮盛景の門で元々小反派に属する刀工です。本刀は四代目応永頃の家助です。地金は小板目肌良く詰み、元から乱れ映りが立ち、刃紋は直調のたれ刃に互の目が交じり刃中素晴しく明るく冴えています。拵えは少々傷みが有りますが、鞘は長州毛利家の家紋ずくしの鞘で、鍔は鉄地に魚子を打ち、くるみの実を添え紋とし縁も鉄地に魚子を打ち、くるみの実を据えて頭は角をあしらい、殿中差しとなっています。古くは高級武士の差料であった物です。お楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 白拵 | 39.8万円 | |
| 刀 | 赤穂住則之 |
江戸 末期 |
68.6 | 2.1 | 0.68 | 生国備前。佐々木三郎兵衛。因州頼之門。本刀は肥前国近江大掾忠廣の様な地金小杢目肌素晴らしく良く詰み、刃紋中直刃素晴らしく明るく冴え、肥前刀の名刀を見るがごとく素晴しく冴えた刀です。播州赤穂の刀は大変珍しく、赤穂浪士の活躍で、本刀の様な赤穂の刀は殆ど残っている刀が無く今後益々赤穂浪士と共に人気が出てくるものと思います。赤穂でつくられた、大変貴重な刀をお楽しみください。 | 店 | ○ | 拵 | 40万円 | |
| 刀 | 備州長船 |
室町 末期 |
69.6 | 2 | 0.76 | 肥後拵鍔(甚五) 縁頭秋田庄内金工(河治正雋桜花の図) 本刀は末備前長船祐定と見られる地金板目肌良く詰み刃紋互の目は良く出来ています。拵えも江戸時代のものが付き 大変楽しめる刀となっております。 |
店 | △ | 拵 | 41万円 | |
| 刀 | 筑紫薙刀 |
室町末期 | 42.4 | 2.2 | 0.63 | 中心がなくて鉈のような柄の付け方をした薙刀を筑紫薙刀と言います。本薙刀も室町時代の薙刀で大変貴重な薙刀です。大阪府羽曳野市の壷井八幡宮(現通法寺)にある神功皇后所持と伝承された薙刀の形も本薙刀の形です。「大友興廃記」に鉈長刀または無爪鉈長刀と有りますのは筑紫薙刀のことで大友家で盛んに使用したので、筑紫薙刀と言う名称が生まれたものです。筑紫薙刀の現存品非常に少なく是非お楽しみくださいませ。 | 店 | 白 | 47万円 | ||
| 短刀 | 兼栄 |
室町 末期 |
23.8 | 0.08 | 0.48 | 兼栄(かねひで)天文(1543年)頃日本に火縄銃が種子島に伝来した頃の刀匠です。本短刀は平造の姿に皆焼風の刃紋を焼き、返りも深く焼き下げ、白け映りも現れ大変迫力のある名短刀です。拵えも後藤の2匹羊のうっとり目貫を付け、出鮫合口拵え大変気品のある拵えに入れられ、旧幕時代は身分高い武士の持ち物だったことがうかがえます。素晴らしい兼栄の名短刀をお楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 剣 | 無銘(大和古剣) |
鎌倉 | 18.5 | 0 | 0.45 | 本剣は大和千手院の鎌倉時代の今から750年前の貴重な剣です。剣は高僧の仏事に使用するために特に念入に製作されています。地金小杢目肌良く詰み、映りが現われ、刃紋直刃素晴らしく匂いが締りむらなく焼かれ出来が素晴らしい。古来剣は名工しか出来ないと言われ、古剣の殆どは国宝、重要文化財に指定されている物が多いです。大和古剣をお楽しみください。 | 丸 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 直勝作之 |
江戸 末期 |
60.8 | 2 | 0.8 | 月山大山喜代次郎直勝、出羽国左沢住(あてらざわ)山形県西村山郡左沢の大珍品刀です。当時月山弥八郎貞吉は大坂に居住大坂月山の基となりました。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋直刃刃中働きが有り、刃中明るく良く出来ています。中心の鑢目が化粧鑢となり、独特の鑢をかけています。昔は次郎太郎直勝となっているのでしょう、月山直勝の名品をお楽しみ下さい。 | 保 | ◎ | 白 | 58万円 | |
| 脇差 | 菊紋伊賀守金道 |
江戸 中期 |
50.5 | 2.1 | 0.68 | 名門伊賀守金道家三代目、享保1720年頃の作。伊賀守金道家は京五鍛冶の代表刀匠です。日本の刀匠の頭として朝廷より日本鍛冶惣匠の勅許を授けられた家柄です。刀匠が朝廷より官位を受ける時は必ず伊賀守金道家を通して出なければ受けれませんでした。本脇差は地金板目肌に柾目肌が交じり、刃紋京焼きだしに大互の目に砂流しさかんに現れ覇気ある脇差です。江戸期の拵えも本脇差に一段と華を添えています。 | 丸 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 兼元(孫六兼元二代) |
室町 末期 |
37.3 | 0.6 | 0.48 | 兼元は末関鍛冶を代表する名工です。本脇差は大名道具の名品、まごろく2代の脇差は貴重な特別注文品。身幅やや広めで、重ねが心持薄目になり、平肉がつかず、地金は小板目に柾が交じって明るくさえ、地にえみじんにつき、白けうつり立つ。刃紋は三本杉を主調としていますが、行草に乱れ変化があり小にえついて砂流しかかり,三本杉が不規則になっています。銘は大きくて勢いがあり、角張った直線的な典型的な銘を切って孫六二代の典型的な銘となっております。 | 保 | ○ | 白 | 58万円 | |
| 刀 | 雲州住貞永作之1(島根県重要無形文化財) |
現代 | 74.2 | 1.8 | 0.56 | 重量:鞘を払い885g 備前鎌倉時代福岡一文字写互の目丁字刃素晴らしく良く出来ています。 |
店 | ○ | 拵 | 66万円 | |
| 脇差 | 忠光 | 室町後期 | 54.7 | 0.4 | 0.54 | 備前長船忠光は文明から天正19年の吉井川の大洪水によって長船鍛冶が壊滅的な打撃を受けるまでの120年間各世代に数人ずつの忠光がいたであろうから、忠光銘を切った忠光は相当数に上るものと思われますが全ての忠光は名工揃いと言えるぐらい名刀を残しています。本刀も代表的地金で地にえが良くつき移りよく現れています。拵えは静岡在住金工師家田友就の一作金具で豪華な肥後拵えを製作。素晴らしくお金の掛かった拵えを製作いたしております.是非備前の名工忠光と肥後拵えをおたのしみくださいませ。 | 店 | ○ | 白外 | 68万円 | |
| 刀 | 武州住藤原兼助 |
江戸中期 | 60.5 | 0.8 | 0.69 | 江戸の寛文頃の刀工、元々は関から江戸へ出た、室町時代は薬王寺派の刀工です。本刀は寛文時代の虎鉄と同じ反りの少ない棒のような姿に、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は互の目尖り刃を交え大変覇気ある名刀です。太刀拵えは幕末の銅金具一作拵えで大変出来の良いものです。鞘の高蒔絵五三の桐の家紋も表裏18個も高蒔絵を施され大変手のかかった拵えとなっております。大名家の儀式用の太刀拵えをどうぞお楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 白拵 | 68万円 | |
| 刀 | 隠岐國住沖光作 |
現代 | 70.7 | 1.9 | 0.8 | 本名原寛。昭和3年生。元陸軍寿命刀工。陸軍軍刀奨励会会長賞。国工院会員名誉宗匠。本刀は昭和57年、沖光刀匠54歳の時の新作名刀展の出品作として造られたその年の最高の快心作です。備前長船長光を狙った作で、地金小板目肌良く詰み、刃紋は長光の互の目丁子刃を元から先までむらなく焼き、横手下を長光と同じく直調で焼き、ぼうしは直調にそして途中でのたれた三作ぼうしを見事に焼き上げています。隠岐の有名刀工沖光の出品作をお楽しみください。 | 店 | ○ | 白 | 71万円 | |
| 刀 | 濃州関住兼宣 |
江戸 初期 |
61 | 1.4 | 0.73 | 嘉吉1441年関徳永派の祖兼弘の子で平賀で鍛刀したので平賀関とも呼ばれています。本刀は地金板目肌素晴らしく良く詰み地金が明るく冴えています。刃紋はのたれ刃に力が有り覇気が有る刃を焼き志津風の刃を焼いて優れています。刃もたいへん明るく名刀の気位を大いに現わしています。中心の鑢は関鍛冶は鷹の羽、短刀を檜垣にするものが多いいですが、兼宣は刀も檜垣鑢をかけています。新刀期になりますと兼宣の銘を清宣とあらためて、徳永派の代表として関鍛冶の鍛冶頭を務めた名門刀工です。 | 丸 | ◎ | 拵 | 71万円 | |
| 脇差 | 正利(村正門) |
室町 末期 |
70.7 | 1.2 | 0.68 | 坂倉関、本正利は天文頃(1532年)銘の正の字が千子村正の正と一緒の為 村正との交流が有ったものと思われ、本刀は正真の子とされ、村正門人とされています。本刀は板目に柾が交じり白気心の地金に匂出来の互の目乱れを焼き、所々互の目の頭が尖っています、切れ味鋭い正利の名刀をお楽しみ下さいませ。 |
保 | ○ | 白 | 71万円 | |
| 刀 | 於大阪水竜子源貞重門人龍神太郎源貞行合作 |
現代 | 72.5 | 2.4 | 0.8 | 月山貞勝の弟子源貞重と和歌山龍神太郎源貞行の合作刀です。本刀は姿豪荘で地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は虎鉄の数珠刃素晴らしく良く写し互の目の足良く入り明るく素晴らしく良く出来ています。 | 店 | ○ | 白 | 71万円 | |
| 刀 | 近江守藤原継平 |
江戸中期 | 67.8 | 0.9 | 0.85 | 本刀は安永二年1774年作。越前三代康継門人が初代寛文時代の継平。本刀は六代続く継平の四代目江戸の名門刀工です。本刀は板目肌良く詰み、美しい地金を鍛え、互の目丁子刃素晴らしく高く覇気ある刃紋を焼き腰樋に副え樋表裏に不動明王の梵字を彫り一段と本刀に華やかさを添えています。武家の町江戸の名刀をお楽しみ下さい。 | 銃砲 | ○ | 白 | 71万円 | |
| 刀 | 雲州住貞永作之 平成十九年十二月日 |
現代 | 71.4 | 1.5 | 0.55 | 居合好適。島根県重要無形文化財。備前伝一文字写し互の目丁子刃素晴らしく良くできております。重量鞘を払って830g。調子非常に良くできております。 | 店 | ◎ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 盛吉 |
室町 末期 |
66.6 | 2.1 | 0.7 | 天文1543年頃の筑前福岡県の金剛兵衛盛吉の貴重な名刀です。金剛兵衛一門は宝満山の山伏鍛冶であったと伝えられています。一門悉く盛の字が頭に用いられています。本刀は地金杢目肌に柾目肌が交じり、白気映りがあり刃紋中直刃にほつれが見られます。中心尻は卒塔婆型という特色ある形となっています。拵えも江戸期のひび割れ鞘に美濃の縁頭が付き、一段と盛吉の名刀を引き立てています。お楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 79万円 | |
| 脇指 | 菊紋丹波守吉道(京) |
江戸初期 | 52.2 | 1.7 | 0.66 | 二代京丹波守吉道は伊賀守金道家と共に京五刀鍛冶の名門刀工です。伊賀守金道が徳川家康の要請を受けて千口の刀を納めた功により日本鍛冶宗匠の地位を与えられて江戸期は金道家を通さないと官位を受領出来なかった。吉道は寛永16年丹波守受領(1639年)十六弁の菊を勅許されました。本脇差は板目に柾肌が交じり刃紋は簾刃を見事に焼き帽子は三品帽子で中がたるんで品のある帽子を焼いています。簾刃は現代では出来ない焼きの一つとして貴重な脇差しです。お楽しみください。 | 店 | ◎ | 拵 | 79万円 | |
| 横刀 | 円真造之 |
大正 | 43.9 | 0 | 0.65 | 源清麿門の鈴木正雄の門人。源清麿の孫弟子となります。元々は豊橋藩士大正9年75歳で亡くなっていますので、本横刀は70歳の作となります。本刀は弥生時代の剣を忠実に写した名作です、後々毛抜き型太刀になる前の姿の剣です。この剣と同じものが円真作で昭和名物帳に登載されていますので生涯何振りか残したものの貴重な一振りです。見る事が出来ない横刀をお楽しみ下さい。 | 保 | ○ | 拵 | 80万円 | |
| 刀 | 南紀真改造 |
江戸 末期 |
76.6 | 1 | 0.83 | 文久1861年頃紀州の刀工。紀州石堂の刀工。昔から大阪井上真改に間違われた刀工です。本刀は小板目肌良く詰み杢目が交じり、井上真改ばりの直刃を焼いて素晴らしく上手に焼き上げています。本人も大阪の井上真改に憧れ、井上真改の作刀を目指して打ったものと思われます。廃刀令の為に現存南紀真改の刀が大変少なく、大変貴重な刀となっております。和歌山の郷土刀をお楽しみくださいませ。 | 保 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 忠光 |
室町 中期 |
61 | 1.8 | 0.68 | 忠光と切った作品は文明1469年から天正19年1591年の吉井川の大洪水によって長船鍛冶が壊滅的な打撃を受けるまでの120年間にわたり繁栄した名門刀工です。本刀は文明に近い初期の作品で片手打ちの打ち刀の姿で、地金は応永備前にくらべて地にえが付いて綺麗に見え鎬から乱れ映りが現れ一層価値を高めています。刃紋は忠光の独壇場の中直刃が素晴らしい技術で焼かれています。帽子も深くて小丸に返っています。初期は注文銘を切る習慣がなく、注文銘でも俗名を入れておりません。備前刀の名工忠光の素晴らしい刀をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 82万円 | |
| 刀 | 丹波守吉道(大坂三代) |
江戸 初期 |
71.4 | 0.8 | 0.74 | 元禄(1688年)頃の大坂丹波守吉道の名刀です。本刀は反り浅く地金は板目肌良く詰み、刃紋は御家の伝法簾刃をものの見事に焼き上げて、覇気ある名刀となっています。簾刃は現在ではどの様に焼を入れたのかが、謎の刃紋です。古来この簾刃が大変珍重され大切にされた刀です。拵えも幕末の四分一揃い金具で刻み鞘をあしらい、大変お金のかかった拵えとなっています。お楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 拵 | 82万円 | |
| 刀 | 大和守源康道 |
江戸 初期 |
70.9 | 1.3 | 大和守康道は寛文頃(1661年)の美濃の名工です。明応頃1492年赤坂千手院康道の末で康綱の門人です。本刀は地金板目肌良く詰み、刃紋は直刃匂い深く素晴らしく良く出来ています。肥前国近江大掾藤原忠廣に非常に似た素晴らしい刀を作っています。 | 保 | ○ | 白 | 82万円 | ||
| 刀 | 兼則 |
室町 末期 |
71.6 | 1.8 | 0.55 | 本刀は天文頃1543年頃の美濃の刀工後に越後の上杉謙信の春日山城に移住上杉謙信の軍団の刀剣を多く鍛えた刀工として有名です。本刀は孫六兼元の三本杉を見事に再現した名刀です。鑑定をすれば銘を見なければ関孫六兼元とだれもが鑑定する名品です。上杉謙信が愛した兼則の刀をお楽しみ下さいませ。 | 店 | ◎ | 白 | 84万円 | |
| ナギ ナタ |
出羽大掾藤原国路 | 江戸初期 | 45.6 | 2.5 | 0.65 | 堀川国廣の高弟として余りにも有名な名工。出羽大掾受領は慶長19年ごろと思われます。本刀は国廣の慶長打ちと同じく身幅広くがっしりとし豪壮で地金良く詰み焼き刃素晴らしく華麗で、にえ匂いの働き素晴らしく慶長新刀の薫り高く神々しい刀と成っています。三品帽子も見所の一つです。出羽大掾国路寛永時代壮年期の最高傑作の名刀を是非お楽しみください。 | 丸 | ◎ | 白 | 84万円 | |
| 刀 | 帝室技芸員月山貞一精錬之 |
明治 | 69.8 | 1.8 | 0.7 | 明治三十九年六月日 応陸軍少佐三木真多吉君需 帝室技芸員月山貞一家伝の綾杉肌を交えた相伝備前の傑作です。月山貞一は明治39年4月に帝室技芸員に任ぜられ、本刀は帝室技芸員に任ぜられた早々の作品で記念碑的名作です。地金は小板目肌良く詰み家伝の綾杉肌を交え互の目丁子刃に砂流しを交え金筋が現れ素晴しく良く働いています。 |
保 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 菊紋伊賀守藤原金道 |
江戸 初期 |
69.4 | 1.8 | 0.78 | 初代伊賀守金道は関兼道の長男。文禄二年二月二条関白下向の節、父兼道と共に兄弟4人がお供にて上京、文禄3年伊賀守受領して禁裏御用を承る。関ヶ原合戦の直前徳川家康より太刀千腰の注文を受けた際、在京の鍛冶を金道の支配下に入れることを条件に注文を引き受け、戦後家康の取次にて日本鍛冶惣匠の勅許を受ける。本刀は貞享1684年頃の3代目三品勘兵衛衛の作。地金板目良く詰み刃紋はのたれ刃ににえ良く付き明るく冴え、良くできています業物として有名な3代伊賀守金道をお楽しみくださいませ。 | 丸 | ○ | 拵 | 89万円 | |
| 刀 | 備州長船祐定 |
室町 末期 |
66.8 | 1.5 | 0.8 | 本刀は永禄6年1563年今から446年前織田信長と今川義元の桶狭間の戦いが有った後3年後に作られた名工備前長船祐定の典型作です。身幅頃合いで重ね厚く中切っ先。先反りの付いた優美な姿に、地金板目肌良く詰み、刃紋は直刃を焼き、非常に覇気の有る焼きを入れています。拵えは幕末の虫ずくしの高蒔絵を施した素晴らしい太刀拵えが本刀をより一層華を添えています。この様に優美な刀は侍大将の特別注文品で、名の有る武将の持ち物で有ったと想像されます。戦国時代の花の有る備前長船祐定の名刀をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 白拵 | 89万円 | |
| 刀 | 備州長船祐定 |
室町 末期 |
70.4 | 2.6 | 0.7 | 天文1533年頃の刀です。刀の代名詞となっている有名な備前長船祐定の名刀です。本刀は長寸で地金が板目肌良く詰み、刃紋は腰の開いた互の目丁子刃を焼き一部有名な蟹の爪のような刃を焼いています。蟹の爪の刃紋は有名ですが現存作すこぶる少なく本刀は大変貴重な名刀と言えましょう。素晴らしく迫力のある名刀となっています本刀をお楽しみください。 | 保 | ○ | 白 | 89万円 | |
| 刀 | 丹波守藤原照門 |
江戸 初期 |
69.7 | 0.7 | 0.71 | 関鍛冶の鍛冶頭。万治1658年頃の関を代表する刀工です。本刀は小板目良く詰み細かな地にえが付き、直刃で刃縁がほつれにえ匂いが大変深く付いています。このように反りの少ない姿を寛文新刀姿と言い、全国的に道場で竹刀剣道が流行り、技として突き技が流行ったためにこのような棒のような姿の刀が多く作られました。江戸の虎鉄、大阪の真改、助廣も皆このような姿となっています。 関鍛冶頭領の照門の名刀をお楽しみください。 |
保 | ○ | 白拵 | 89万円 | |
| 脇差 | 丹波守吉道(大阪初代) |
江戸 初期 |
51.4 | 1.3 | 0.71 | 本刀は京丹波守吉道初代の次男で三品金右衛門慶長三年生まれ(1598年)正保年中に丹波守受領大坂に移住大阪丹波の祖となり代々非常に栄える元を築きました。尊敬の念を持ち祖父丹波と尊称されています。本刀は父京初代丹波守吉道が考案した簾刃を完成させて当時の和泉守国貞や河内守国助と共に大坂新刀の元を築いた名工です。現在この簾刃は再現すること不可能な刃紋でどのようにして焼いたか現在も謎のままの、丹波守吉道家の家伝の刃紋です。どうぞお楽しみください。 | 特 | ◎ | 白拵 | 103万円 | |
| 刀 | 加州住藤原兼重 |
江戸 末期 |
63.8 | 1.2 | 0.7 | 加州兼重は木下甚之丞と言い、加賀藩幕末の代表刀工です。嘉永二年(1849年)兼重34歳の代表作です。本刀は地金小板目肌良く詰み箱乱れ風のたれ刃大変覇気あり、当国の先輩兼若を写した素晴らしい刀です。拵えも幕末の拵えが付き一段と華を添えております。加賀前田家お抱え刀工兼重の代表作をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 白拵 | 103万円 | |
| 刀 | 伝波平 |
室町 初期 |
81.7 | 2.2 | 0.75 | 本波平は薩摩の鹿児島の名工で平安時代から続く刀匠です。本刀は室町初期の太刀で、姿は踏ん張りがあり、反り高く大変古調な造りとなり、地金は板目肌が流れて一部は刃縁に綾杉肌を交え、地金やや黒く、刃紋は直刃に互の目を焼、素晴らしく上品に焼かれております。時代はもっと遡り南北朝末期頃かもしれません。波平鍛冶は平安時代より幕末まで70数代続く名門刀匠です。古い波平の名刀を是非お楽しみ下さいませ。 | 保 | ◎ | 白拵 | 105万円 | |
| 刀 | 源道義 |
江戸 末期 |
74.7 | 1.4 | 0.85 | 弁慶剣吾藤原正秀帯之 元治(1864年)頃の尾張の刀工です。本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み刃紋は互の目のたれ刃を覇気ある気合いで素晴らしく明るく焼き上げています。幕末風雲を告げる時、藤原正秀という武士の自分も武蔵坊弁慶のような立派な武人にあやかりたいとの希望を込めた名刀です。お楽しみ下さいませ。 |
丸 | ○ | 白拵 | 116万円 | |
| 刀 | 下総大掾藤原兼正 |
江戸 初期 |
70.3 | 1.4 | 0.67 | 延宝(1673)越前下総大掾藤原兼正関 兼法五代の孫。本刀は大変貴重な井伊家の城下町彦根打ちの名作です。地金は小杢目肌素晴しく良く詰み、当時大坂で津田越前守助廣が考案した濤乱刃を兼正独特の刃紋として焼き上げ成功しています。あたかも打ち寄せる波が大きく泡と散る様子が大胆に焼き上げており兼正最高傑作の名刀となっています。江戸時代の拵えも粋な拵えが付いており当時の武士の身分の高さが窺がえます。兼正の名刀をお楽しみ下さいませ。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備前国長船七郎衛門尉祐定作 |
室町 末期 |
65.9 | 1.15 | 0.68 | 天正11年(1583年)426年前 豊臣秀吉と柴田勝家との賤ヶ岳戦の時に作られた名刀。七郎衛門尉祐定は 小早川家のお抱え鍛冶。本刀は板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は直刃調に互の目の足が入り良く出来ています。拵えは銀揃い金具の突兵拵えの見事な拵えが付いています。幕末西洋式軍服に合わせて作られたものです | 保 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 吉原義人 |
現代 | 74.2 | 2 | 0.79 | 吉原義人は昭和18年生まれ現代刀の最高峰として余りにも有名。次の人間国宝の最右翼の刀工です。本刀は源清麿を狙った快新作です。板目肌良く詰み清麿の互の目刃素晴らしく良く足が入り、金筋、砂流しが現れ素晴らしく覇気有る名刀となっております。新作名刀展で、無監査、高松宮賞3回受賞、文化庁長官賞2回、名誉会長賞、寒山賞とあまたの受賞歴の名工です。 | 店 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 於南紀浅野金光造之 |
江戸 末期 |
81.4 | 1.3 | 1 | 本刀は所謂勤皇刀で幕末の一時期だけ制作された貴重な刀です。勤皇の志士が都大路をこの刀をさして尊王攘夷の為に駆け巡った日々を思い出させるものです。都大路は道が狭く新撰組が向こうから来たのに鞘を当てて、喧嘩を売ったものです。時代の大切な勤皇刀をお楽しみ下さいませ。 | 店 | ◎ | 白拵 | 158万円 | |
| 刀 | 武蔵國住吉原荘二作之 |
現代 | 80.4 | 2.6 | 0.75 | ”全日本刀匠会会長”吉原国家は吉原義人の弟。東京都無形文化財。無監査。受賞多数。本刀は昭和56年の作。彫の日本一無鑑査柳村仙寿師の一番手間の掛る表櫃内の真の龍彫、裏は櫃内の独鈷付剣が彫られたこのような太刀は2度と出てこない素晴らしい太刀です。太刀は鎌倉時代の備前福岡一文字を再現した見事な所謂大丁子刃を再現した名刀です。お楽しみ下さいませ。 | 店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 伝 来国真 |
鎌倉 後期 |
69.1 | 1.3 | 0.67 | 鎌倉末期正和1312年頃の来国俊の子と言われる来国真の名刀です。本刀は地金小板目肌良く詰み、にえ映り見事に現れ刃紋はのたれ刃に蕨手丁子刃を交え素晴らしく覇気有る刃を焼いています。山城伝に相州伝が特に強調されたところで来国真の極め良くうなずけるものです。藤代興里氏の研ぎが出来上がったところです。来国真の名刀をお楽しみくださいませ。 | 特 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 脇差 |
濃州関住兼見 伝田代源一兼元 |
室町中期 江戸 初期 |
73.8 49.7 |
1.8 0.8 |
0.79 0.64 |
肥前大村藩二万一千九百七十石伝来。永正頃1504年の兼見の素晴らしい大刀と無銘なれど寛永1624年頃の田代源一兼元(孫六兼元四代目)の素晴らしい大小です。兼見は姿堂々として健全で地金板目肌良く詰み互の目素晴らしく明るい刃を焼き名刀和泉守兼定に迫る伎量を現しています。田代源一兼元は孫六兼元四代目で家伝の三本杉見事に焼いています。大小拵は鞘本青貝塗鍔赤坂つばをつけ正式の大名の大小となっております是非お楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 御相談 | |
| 刀 | 盛次(常州牛久山口周坊家伝来) |
室町末期 | 68.2 | 2.3 | 0.84 | 本刀は応永時代の筑州住金剛兵衛尉源盛次の後永禄(1558年)頃の盛次で切っ先大きく棟をそぎ、所謂利刀造となっています。地金板目肌良く詰み刃紋におい出来の互の目乱れ刃良く足が入り素晴しい働きをしております。本刀には素晴らしい糸巻き太刀拵えが掛けられています。太刀金具は長州豊信作山口家の家紋をあしらった豪華な太刀拵えをお楽しみくださいませ。 | 特 | ◎ | 白外 | 売約御礼 | |
| 刀 | 於大坂和泉守国貞(親国貞) | 江戸初期 | 71.6 | 1.9 | 0.8 | 天正17年生まれ堀川国廣の門下となり後大坂に移り大坂新刀の基礎を築いた。本刀は於大坂銘であるので国貞前期の寛永頃の作品で素晴らしく覇気ある作品となっています。小板目肌良く詰んで、刃紋は小にえできの互の目がのたれ。本刀は南北朝期の備前長船兼光を写した大胆な古調な時代が上がりすこぶる古く見える名刀です。於大坂銘の国貞はほとんど重要刀剣に指定されています。拵えも江戸中期は下らない金襴緞子の豪華な鞘に太刀拵えが添えられ、旧大名家の持ち物と思われます。和泉守国貞の名刀をお楽しみください。 | 特 | ◎ | 白外 | 売約御礼 | |
| 刀 | 月山貞勝之造 為駒井氏 |
現代 | 65 | 1.6 | 0.7 | 大阪名人3代目月山貞勝の家伝の綾杉肌鍛えの素晴らしい名刀です。帝室技芸員の父貞一の代作者として活躍、元帥刀の製作には必ずこの貞勝にご下命があるほどの明治、大正昭和の名工です。本刀は家伝の綾杉肌見事に鍛え逆ががった丁子刃素晴らしく良く出来ています。大阪月山名人貞勝刀匠の名作をお楽しみください。 | 店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 水心子正秀 |
江戸 末期 |
70.3 | 1.2 | 0.7 | 天明二年1782年水心子正秀36歳の大坂新刀の横綱井上真改を写した大傑作刀です。本刀は地金小杢目肌素晴らしく良く詰み、刃紋はのたれ調の匂いの素晴らしい深い刃を焼き井上真改の作に迫る素晴らしい名刀です。生涯369口しか製作していない正秀の貴重な名刀をお楽しみください。花獅牡丹の金具の拵えも本刀を一層華やかに花を添えて居ります。お楽しみ下さいませ。 | 丸 | ◎ | 拵 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 出羽大掾藤原国(路) |
江戸 初期 |
71.5 | 1.2 | 0.71 | 堀川国廣の高弟として余りにも有名な名工。出羽大掾受領は慶長19年ごろと思われます。本刀は国廣の慶長打ちと同じく身幅広くがっしりとし豪壮で地金良く詰み焼き刃素晴らしく華麗で、にえ匂いの働き素晴らしく慶長新刀の薫り高く神々しい刀と成っています。三品帽子も見所の一つです。出羽大掾国路寛永時代壮年期の最高傑作の名刀を是非お楽しみください。 | 保 | ◎ | 拵 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 備長船利光 |
南北 朝 |
69.3 | 2.7 | 0.74 | 南北朝の永和4年(1378年)631年前の生在銘の太刀です。本刀は小板目肌良く詰み、乱れ映り立ち、刃紋は互の目丁子刃素晴らしく良く焼いています。利光は備前長船長光門の俊光が祖父にあたる刀匠で備前正系を継いだ名刀匠です。佐竹家は 54万石から関ヶ原以降反徳川の為に秋田に20数万石に減じられて秋田に移付をされました。幕末まで連綿と続いた東北雄藩の伝来品です。 | 特 | ○ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 皇紀二千六百三年月山貞勝謹作 |
現代 | 68.6 | 1.9 | 0.8 | 大阪名人3代目月山貞勝の孫六兼元伝の三本杉の刃紋の素晴らしい名刀です。帝室技芸員の父貞一の代作者として活躍、元帥刀の製作には必ずこの貞勝にご下命があるほどの大正、昭和の名工です。本刀は月山貞勝として大変珍しい孫六兼元写の三本杉を焼いた名刀です。鍛え頭が丸い互の目尖り刃を焼き素晴らしく良く出来ています。大阪 月山名人貞勝刀匠の名作をお楽しみください。 |
店 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 以南蛮鉄武州江戸越前康継 |
江戸 初期 |
79.5 | 1.8 | 0.72 | 康継は家康の三男結城秀康に越前にて抱えられ、慶長十年江戸に召され家康、秀忠両将軍の前で鍛刀し、激賞され褒美として葵紋と康の一字を賜り康継と改めた。徳川将軍家お抱え刀匠越前康継は江戸時代の最上作の名刀です。本刀は初代の嫡男で初代に劣らぬ名匠の幻の二代です。元先の幅の差がなく切っ先伸びた慶長新刀の特徴的姿を示し鍛えは板目に杢が交じって肌立ち、金色に黒味が有り、刃文はのたれ小互の目を交え、小足盛んに入り、にえ良く付き、細かに金筋砂流しかかり二代康継の特色ある作域を現わし本刀は地金が常よりも一段と優れており加えて刃中のにえ付きの状態などむらなく二代康継の名品中の名品と言われています。 | 特 | ◎ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 肥後同田貫宗広作 |
江戸 末期 |
96 | 1.7 | 0.93 | コンプトンコレクション。細川家十一代細川韶那(よしくに)奉納(細川藤孝から数えて十三代)藩主となった翌年文久元年(1861年)熊本藤崎宮に奉納。長さ3尺1寸7分。本刀は肥後同田貫派の名工宗廣の地金小板目肌素晴らしく良く詰んだ、最高傑作の名刀です。伝来も素晴らしい伝来品。 | 特 | ◎ | 白 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 | 固山宗兵衛宗次作之(本多家伝来) |
江戸 末期 |
70.5 | 1.8 | 0.78 | 天保15年は弘化元年作(1844年)新々刀期における備前伝刀工中の第一人者固山宗次の素晴らしい名刀です。地金小板目に小杢目肌が交じり良く詰んで美しく、刃紋は宗次丁子と言われ覇気有る明るい丁子刃を焼き、一文字写しの互の目丁子刃を素晴らしく明るくむらなく焼き、固山宗次の最高傑作品となっています。拵えも 本多家の立ち葵の家紋の太刀金具が付き。一層本刀に華を添えています。お楽しみ下さいませ。 | 丸 | ◎ | 白拵 | 特別価格 御相談 |
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| 刀 脇差 |
肥前國河内大掾藤原正廣 |
江戸 初期 |
68.8 38.2 |
1.8 0.8 |
0.68 0.68 |
河内大掾正廣は肥前国忠吉の娘の子供で初代忠吉の孫となります。佐賀藩主鍋島勝茂はこの正廣を大層可愛がり、自分の刀だけを作るようにと、お留鍛冶にしたぐらい可愛がられた名工です。近江大掾忠廣の後見人として、忠吉家を守った恩人です。大刀は志津を狙った傑作です。拵えの頭金具は奈良乗意の名品で京の藪常之が大小拵えを仕立てあげております。小刀は山田浅衛門の本が示すように、紀州徳川家の注文によって作られた1口です。吉長彫りも素晴らしい彫り口です。由緒正しい大小をお楽しみくださいませ。 | 丸 丸 |
◎ ◎ |
白拵 白拵 |
売約御礼 | |
| 刀 | 阿波守在吉 | 安土桃山 | 68.1 | 1.3 | 0.7 | 堀川国廣門下でも一番古い弟子で国廣の代作者。重要美術品の長義写しの刀は国廣の長義写しの山姥切りの刀と殆んど同作。国廣のそばに居たことは明白です。国廣の代作者の為、阿波守在吉銘の刀はこの刀を入れて2口今回この刀の新発見で3口。薙刀短刀全部合わせても10口も現存していない貴重な刀です。本刀は切っ先の伸びた反りの浅い慶長新刀の姿で地金板目に肌立ち心ざんぐり肌で地にえ良く付き、刃紋はのたれに互の目交じり小にえよく付き足が入り帽子は焼きずめて堀川国廣の名刀を髣髴とさせる素晴らしい出来です。国廣が山伏となり漂泊中付き従った弟子阿波守在吉は松尾芭蕉と弟子の曽らとに称えられています。 | 特 | ◎ | 白 | 189万円 | |
| 刀 | 薩陽士元平興弟元武造之 |
江戸 末期 |
66.6 | 1.45 | 0.82 | 薩摩新々刀の横綱元平と弟元武の合作の古来有名な名刀です。本刀は1776年の作で元平33歳の新進気鋭の薩摩相州伝を作り上げた名品です。地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋はにえ、匂いの大変深いのたれ刃を素晴らしく明るく焼き、井上真改以上の刃を焼いています。刃中には金筋状のいわゆる芋蔓がからみ一層刀に迫力を出しています。 | 特 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 越前守助廣 |
江戸 初期 |
75.4 | 0.9 | 0.77 | 大坂新刀の横綱津田越前守助廣の万治四年頃(1661年)助廣弱冠25歳の元気あふれる名刀です。本刀は小板目が素晴らしく良く詰み、一面に細かな地にえが良く付き地金明るく良く冴えています。刃紋互の目乱れ素晴しく若さ溢れる覇気ある力強い変化のある刃をむらなく焼き上げ、新刀鍛冶の中では一番刃の冴えは最も優れています。将来の大刀匠の片鱗を遺憾なく現わした大名刀です。助廣25歳の若さ溢れる名刀をお楽しみ下さい。 | 特保 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 脇差 |
丹波守吉道 大阪初代 | 江戸初期 | 73.5 54.2 |
1.5 0.96 |
0.7 0.65 |
本刀は京丹波守吉道初代の次男で三品金右衛門慶長三年生まれ(1598年)正保年中に丹波守受領大坂に移住大坂丹波の祖となり代々非常に栄える元を築きました。尊敬の念を持ち祖父丹波と尊称されています。本刀は父京初代丹波守吉道が考案した簾刃を完成させて当時の和泉守国貞や河内守国助とともに大坂新刀の元を築いた名工です。本大小は昭和47年と昭和49年に昭和名物帳に登載されています。お楽しみ下さい。 | 保 特 |
◎ ◎ |
白 白 |
御相談 | |
| 刀 脇差 |
大和守吉道 |
江戸初期 | 70 49.4 |
1.2 1.2 |
0.73 0.81 |
京初代丹波守吉道の次男が大坂に出て初代大坂丹波守吉道となり、大和守吉道は初代大坂丹波守吉道の二男です、古来より名声が高く有名刀工です。本脇差は大和守吉道には製作年号がほとんど存在しませんが、万治二年三月吉日1659年の年号が有り大変貴重なものです。本刀は素晴らしく小板目肌良く詰み二代河内守国助に見まがうような拳形丁子を良く焼き、素晴らしく明るい匂い口が冴えています。名刀を是非お楽しみ下さい。 | 丸 | ◎ | 白 | 売約御礼 |
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