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5日本刀oldJapaneseSword御不要の刀がありますれば、保存愛護のためどんどん買受けますので御連絡下さいませ。太刀國行(来派の祖・杉山茂丸男爵家伝来)重要刀剣刃長:2尺5寸6分反り:9分9厘元幅:1寸3分先幅:6分大和五派のなかで最も古く興ったのが千手院派です。奈良若草山の西山麓に千手観音を祀る千手堂が有りその地を千手谷と呼んでいました、その刀工集団が千手院であり、平安時代より東大寺に属していた為に殆どが無銘で、本千手院は行信の子と言われる千寺院行光の太刀で現存稀な生在銘の太刀です。製作年代は鎌倉末期延慶頃(1308年・710年前)です。長寸で踏ん張りの有る太刀姿が凛として強く、地金は板目肌に鍛え地沸良く付、地景が入り、淡く乱れ映りを現わし鉄色は黒味を帯びて潤いがあり冴えています。刃紋は直調に湾たれて、物打ち辺や中程は丁子ごころや互の目が華やかに乱れて交じり、ほつれ、打ちのけ、湯走り、飛び焼きなどがかかり、小沸つき、輝いています。焼き刃は他の四派には見ないほどに変化に富んだ乱れ刃を見せており、ここに千手院派の特色を強く出しています。行光在銘の千手院の特に貴重な名刀をお楽しみ下さいませ。重要刀剣太刀行光(大和千手院)刃長:2尺2寸4分反り:8分元幅:9分2厘先幅:6分6厘来国俊は鎌倉中期正応頃(1288年・730年前)山城来国行の子で来派の頭領です。本太刀は鎌倉中期の太刀姿で反り深く堂々たる姿を現し、地金は小板目肌良く詰み地沸こまかにつき地景が交じり、刃紋は焼き幅広く浅くのたれて丁子刃が交じり、小足、葉良く入り、砂流しがかかり、匂いが深く小沸がついています。銘は大きく来国俊と切り、二字国俊に通じる堂々たる来国俊の天下の名刀です。本太刀は暴れん坊将軍で有名な有徳院(八代将軍徳川吉宗)の佩刀として代々徳川将軍家に伝わった貴重な太刀です。重要刀剣指定時には金梨地葵紋糸巻き太刀拵えが付いていたとの事ですが、現在は残念ながら太刀拵えは別々になって有りません。将来太刀拵えを見つけ出したいものです。天下の名刀来国俊と天下の暴れん坊将軍八代徳川吉宗の佩刀と言う歴史的にも大変貴重な太刀をお楽しみ下さい。重要刀剣太刀来国俊(八代将軍徳川吉宗差料)本刀は大坂新刀の横綱大坂正宗と称される井上真改の最高傑作の1口です。鎬造り庵棟反り浅く中切っ先となり、地金は小板目肌良く詰み地にえ良く付き、中直刃調に浅くのたれ、ほつれかかり、におい深く小にえ良く付き砂流かかり相州上工を狙い特に郷義弘を理想とした物と思われます。本刀は地刃の出来がいかにも冴えて沸が深く小にえが良く付き井上真改の長所を遺憾なく発揮した井上真改中の代表作の名刀です。重要刀剣刀刃長:2尺3寸5分半反り:7分元幅:8分8厘先幅:5分7厘来国行は来派の始祖正元頃(1259年)(759年前)刀剣界では横綱中の横綱として皆様大変良くご存知です。本太刀は腰反り高くつき、中切っ先で鎌倉時代の太刀姿を現し、地金は小板目肌詰み地沸がつき、裏に来の特徴の鍛え肌現れ、刃紋は広直刃調で浅くのたれて、丁子、小丁子、足、葉が頻りに入り、来の特徴の蕨手丁子が見事です。彫物は来国行には珍しいのですが本太刀には表に梵字と素剣、裏は梵字と見事な彫が彫られ、彫は国宝明石来国行と本太刀が大変合い通ずるところがあります。本太刀は孫文やインド独立の父と言われるボースや明治の元勲、伊藤博文、児玉源太郎、や並み居る有名な方々に大きく影響を与えて大の愛刀家であった杉山茂丸男爵家伝来と言われる名刀です。近代国家の礎を作った一人杉山茂丸男爵の息吹が大いに感じられます。是非お楽しみ下さいませ。刃長:2尺3寸2分反り:6分元幅:1寸7厘先幅:7分5厘井上真改(延宝四年)